ゲーム徒然草


 2005年私的ベストゲーム (2005/12/31)

 1位 THE iDOLM@STER

 このゲーム、手放しでは褒められない、大きな問題を抱えたゲームです。しかし、その欠点さえも凌駕するゲームの魅力が溢れた作品です。ゲームとは何か?それを考えるのに、私にとって非常にためになったゲームでもあります。8月下旬から毎週毎週、ゲーセンに私を通わせたパワーは素直に賞賛します。はっきりいって、このゲーム、非常に惜しいですね。ものすごい可能性を感じながらも、ゲームの欠点・矛盾にもどかしさを感じます。

 2位 風雲相討学園フラット

 フリーソフトで、こんなゲームが出てくるのか!?と卒倒しました。私的には、逆転裁判以来のADVの革新を感じました。たたみかけモードに、ゲームの可能性が見えた気がします。文章もグラフィックもシステムも素晴らしいという、フリーゲームとしてはありえない完成度だったと断言しておきます。ぜひ遊んでみることをオススメします。

 3位 真・女神転生3 ノクターン

 ゲーム自体としては目新しいところはないです。でも、良くできたゲームだったので、3位とさせてもらいました。こういう懐古ゲーマーを喜ばせるゲームって案外少ないのですよ。戦闘システムはちょいと問題あり、シナリオはいまいちなのですが、安定して楽しむことができました。まだ発展の余地はありますよ、ゲームには。

 この2005年私的ベストゲームは『私が遊んだゲームの中で』なので、2005年に発売ではないゲームも含まれます。2005年度ならば、一般的には、ニンテンドッグズ、三国志大戦、QMA、CIV4、GTASA、BF2、WOWなどが入ってくるのではないかなと。日本の家庭用ゲームはダメダメでしたね、見るべきものがありません。混迷して、迷走を続けているといった感じです。その一方で、アーケードゲームが好調になった模様です。

 2005年ゲーム徒然草を振り返って。 (2005/12/30)

毎日毎日、ゲームのことを考えて、ゲームのネタを書き綴ってきました。
それは誰のためかと言えば、95%以上は自分のためです。

文章を書くことによって、自分の思考を明確にし、
下手くそな文章がましになればと思い、実行してきたわけです。

振り返ってみて、思考の方はかなり鋭くなったような気がします。
自分の思ったことを的確に捉えることができるようになったのも収穫です。
ただ、文章の方はまだまだですね、精進が必要です。

多分、文章って他人に何かを伝えたい時に向上するような気がします。
私の場合は、他人の視線を5%程度しか意識しないからダメなのでしょうね。

で、2005年の1月1日の抱負なのですが、

>1.ゲームを1つ完成させる
>2.新しい同人誌を書き上げる
>3.新しいゲームの製作に着手するですね。

1.は実現できました。2.は今、執筆中で間に合いませんでした。
3.は密かに一応、製作に着手していますので、微妙なラインですね。

アクアの日誌が予想以上に時間がかかったことと、
サイトリニューアルなどで労力がかかりましたね。
うーん、不本意ですが、来年はがんばりますってことで。

あと、密かに、このゲーム徒然草、200k近い容量ですね。
毎日毎日、よく飽きもせずここまでの文章を書いたものです。
さすが、ゲームバカだなと自負しますよ。

 現実を侵食するゲーム (2005/12/29)

アイマスは現実を侵食する、恐ろしいゲームです。
まるで、ゲームのキャラが現実に生きているような感触のするわけですよ。
(キャラの声優が現実に存在する分だけ、また増幅されるわけで。)

多分、現実を侵食するゲームを作ると、ヒットしますね。
日常の中に、何かが食い込んでくるゲームです。

 運の要素は必要か? (2005/12/28)

ゲームに運の要素は必要か?と問われると、
私はある程度は必要かなと思います。

ある程度というのは、適当な割合でです。
大きすぎても、小さすぎてもダメです。

何故かと言えば、将棋と麻雀の普及・人気の差を感じるからです。

将棋は運の要素が先手・後手ぐらいしかなくて、
麻雀は運の要素がかなりの部分がありますよね。

普通の人って負けたときの言い訳で『運がなかった。』とかいいますが、
そういう運の部分で逃がしてあげた方がいいのではないかなと。
実力と能力の差をまざまざと見せつけると、やめてしまう人が多いからです。

つまり、普及・人気の面を考えて上でのことです。

 情報戦 (2005/12/27)

ゲームで重要なのは意志決定だと理解できました。
でもね、この意志決定の土台となるものがあるのですよ。

その土台とは情報です。 事前情報、公開情報といってもいいでしょう。
ゲームでは、情報の上に意志決定が成り立っているといえます。

その意味で、ゲームとは情報戦なのではないかなと。
情報を制するものが、ゲームに勝つわけです。

情報の概念がないゲームはゲームといえないでしょうね。
情報戦のあるゲームこそが面白いのだと思います。

 美人は疲れる。 (2005/12/26)

すごい美人を見ると、疲れてしまうように、
すごい技術のゲームを遊ぶと、疲れますね。

なんかね、気軽に遊ぶ気もならないし、
遊んだとしても、なんか楽しくなかったりします。

もっと気軽に、楽しく遊べるゲームがいいなと思ったりも。
いやはや、技術は軽視してはいけないのですけどね。

美人もいいけど、気立てのいい人がいいかもしれません。
ゲームで言うなら、ホッと心が落ち着くようなゲームです。

 有限資源 (2005/12/25)

ゲームで重要なのは、資源が有限であることではないかなと。
つまり、なんらかの資源が有限であるからこそ、
どうしようか悩んだり、考えたりすることができるのです。

逆に言えば、資源が無限であると、悩んだり、考えることがなくなります。
そして、その結果、そのゲームは面白くなくなるのでしょう。

有限資源という話題がでてくると、
次は費用問題という話になりますね。

やっとゲームに近づいてきた感じがします。

 強い動機 (2005/12/24)

ゲームには、強い動機が必要です。

『早くこのゲームを遊びたい!』
『もっとこのゲームを遊びたい!』
『この続きはどうなっているのだろう?』

そのような強い動機があるゲームこそが面白いゲームなのです。
最近のゲームはそれがいまいち弱いのが大問題と思うわけですよ。

では、強い動機をもったゲームを作るためには?

 真似のできない何か。 (2005/12/23)

ゲームでも何でもいいのですが、作品とつくものなら、
真似のできない何かが必要ですね。
絶対に、他人には真似のできない何かです。

それを考えるに、自分らしさが必要かなと思います。
いわば、自分の資質、長所、好きなこと、
そういうのを全面的に表現する必要があります。

あと、もちろん、技能も重要ですね。
その意味で、最低10年はやり続ける必要があります。
10年できないことなら、それは才能がないといえるでしょう。

自分が10年続けられる何かを見つけることが必要です。

 本当に面白いゲーム (2005/12/22)

本当に面白いゲームとは言葉で説明することができません。
もやもやと感じながらも、表現することができないのです。

そこに、言葉で表現しようとする限界を感じます。
しかしながら、限界に近づこうとするのもそれはそれで楽しいです。

言葉で表現することができるのなら、ゲームを遊ぶ必要もありませんからね。
言葉で表現することができないゲームこそが本当に面白いゲームです。

 マリオカートDS (2005/12/21)

http://www.gpara.com/special/review/05/12/review200512200079.htm

外人と戦えるのか。(;´Д`)知らんかった。
なんか面白そうな予感がしますが。

 クイズゲームの話。 (2005/12/20)

クイズゲームって何かに似ているなと思ってました。
で、その謎が解けました。

クイズゲームってカルタに似ています。
言わば、記憶力、反射力を競う遊びです。

正月のニュースでカルタ(百人一首)の王様(女王)を
決める大会がよく報道されますが、まさにあれです。

クイズゲームってゲームというよりは遊びに近いです。
ゲームと遊びの区別がつかないと、ゲームがよくわからなくなりますね。

ゲームってのは遊びの中の一種のものかな。
遊びの範囲のものはめちゃくちゃ広いですね。

 面白いということ。 (2005/12/19)

ネットとかゲームの評価をするところを見ていて、思ったのですが、
人がゲーム(テレビゲーム限定)で求めるところのものは千差万別ですね。

ちなみに、私は『面白さ』だけをほとんど求めています。
グラフィックがへぼくても大丈夫だったりします。
クソゲー大好きなわけだったりしますし。

なお、この私の言う『面白さ』を詳しく説明すると、
戦略性、体験、教育要素、この3つがメインかなと。

だから、グラフィックが綺麗なゲームを
面白いゲームだという人とは価値観がぶつかったりします。
何故なら、『面白い』という言葉が互いに一致しないからです。

問題なのは、『面白い』って言葉はたくさんの意味があることです。

つまりね、人々の興味や価値観は千差万別である、
言葉の使い方が人それぞれまちまちである、
そのことがわかれば、無用な衝突を避けることができるのですよ。

 100点満点はありえない (2005/12/18)

ゲームの評価で100点満点はありえないですね。
どんなゲームにも欠点があります、だから、満点はありえません。
長所すらもある見方をすれば、短所となるわけですから。

これは100点満点のゲームだ!とかいう人の言葉を私は信じられません。
私はかれこれ20年以上ゲームで遊んでいますが、
今だかつて100点満点のゲームと出会ったことはありません。

あるゲームを100点満点のゲームだとか評価する人は、
そのゲームについて何もわかってないんじゃないかとすら思います。

 目標の喪失 (2005/12/17)

ゲームのことなのですが、
ゲームの中で、遊び手は目標を喪失すると、
ゲームを遊ぶことをやめることが多くなります。

このことから考えられるに、

1.目標をなくさないように、常に用意しておく
2.目標は階段状に増えていくようにする

の2点を考えておくことが重要ですね。

 ゲームのオーラ (2005/12/16)

オーラ(アウラ)
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A5%AA%A1%BC%A5%E9&kind=jn
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=0007940-0000&kind=jn&mode=5

なんかね、面白いゲームってのはオーラがあります。
知覚した瞬間、気づく何かの雰囲気があるわけです。

で、このオーラってなんなんだろうと考えるわけですが、

>特に、ベンヤミンは、複製芸術ではないオリジナルな作品がもつものとする。

ベンヤミンがいいこといってますね。
なるほど、複製物ではなく、オリジナルだけが持ちうるものですか。
確かに、そういわれるとそうですね。

多分、オーラを持つゲームを作れたら、ヒットしますよ。
ゲームマニアとかはそういうのを鋭敏に嗅ぎ取りますから。

では、オーラを持つゲームを作るためには?

 自分だけの物語 (2005/12/15)

ゲームには自分だけの物語が必要だと思うのですよね。
昔のゲーム、私が子供の頃はそういうのを謳ったゲームがありましたが、
今はほとんどないような気がします。
ただ、ポケモンだけは自分だけの物語と言えるでしょうね。

人間ってのは、自意識を通じて他者と関わっていくのですから、
自己こそを大事にしなくちゃいけないわけですよ。
ゲームの言葉で言うなれば、遊び手こそが大事なわけです。
(また、作り手も遊び手の一人であるべきです。)

 ゲームと玩具 (2005/12/14)

何故、任天堂はゲームの色を薄めていったのか?

それを考えてみるに、任天堂が元々カルタ会社であり、
宮本茂の上司だった横井軍平の志向が玩具だったからではないかなと。

DSの動物の森が売れているそうですが、
宮本茂はこのゲームを『おままごと』だといってました。
しかし、おままごとってゲームではないのですよね。
むしろ、玩具に近い方面の遊びです。

ウィルライトもシムシティを自分でこれはゲームではなく、
玩具だと言ってましたが、それと同じことなわけです。

ここ10年のテレビゲームの趨勢はゲームと玩具を混ぜこぜにしたものでした。
さて、この状況はこのまま変わるか、それとも変わらないか?

まぁ、小学生ぐらいに受けるのは玩具ですよね。
だから、小学生ぐらいをターゲットにするなら玩具の必要があります。
任天堂のゲームが子供っぽいっていわれるのはこの辺のことかも。

 攻略本ゲーム (2005/12/13)

攻略本を必要とするゲームができてから、
ゲームがダメになったような気がしますね。

定石集ならいいです。それは戦法集ですから。
しかし、攻略本はダメです。それは解答集ですから。

攻略本が必要ないゲーム、攻略本があっても無駄なゲーム、
そんなゲームが再び出てくれば、ゲームは面白くなるでしょう。

 ゲー解3の話。 (2005/12/12)

今現在、ゲーム解体新書3という個人誌を執筆しています。
ゲーム製作で感じたことや考えたことの総決算の思考考察集ですね。

ちなみに、ゲーム解体新書は3で終わりにするつもりです。
自分でもガチガチの文章を書くのはちょっと飽きました。
もうちょっと肩の力を抜きたいところです。

どうすれば、面白いゲームが作れるのか?
これが私の長年の疑問でした。

そして、その疑問が少しだけ氷解しつつあります。
また、この個人誌は価値があるものになる予感があります。

 人類の叡智 (2005/12/11)

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B1%C3%C3%D2&kind=jn

優れたゲームには人類の叡智が凝縮されています。
優れたゲームは世界の本質を抽出し、ある世界の系を表現しています。

突き詰めていえば、世界の真理があるといっていいでしょう。
また、そういうゲームこそが価値があるのでしょう。

まぁ、そこまで考えるゲーマーは圧倒的に少ないでしょうね。
大多数の人は、楽しいってことを求めているだけでしょう。

面白いとか、楽しいは最低限超えるべき壁ですね。
叡智とか、真理はその上のレベルです。

 PS ダブルキャストを遊んでみて。2 (2005/12/10)

ダブルキャストがゲームではないと感じる理由は情報がないからですね。
詳しく言うと、事前の情報がないし、結果の情報がないからです。
ゲームって情報が重要なんだなと理解できます。

このゲームをゲームらしくするなら、情報の提示が必要ですね。

例えば、ヒロインなどのキャラの好感度の情報、
犯人を突き止める手がかりの数、経過した時間、
そんなのがあれば、ゲームらしくなるかなと。

 何を伝えたいか? (2005/12/9)

文章でも、絵でも、音楽でも、何でもいいのですが、
あらゆる創作物は、『何を伝えたいか?』が非常に重要です。

いくら技巧が優れていても、いくら表現が優れていても、
何も伝えたいことのないものは凡庸なものになります。
つまり、それは心に何も伝わってこないわけですよ。

だから、物を作る前には、『何を伝えたいか?』を
意識して、集中して、取り組む方がいいと思います。

もっとも、人の心は自分でも理解できないものですから、
無意識のうちに、思いついたままやっていくのも方法ですが。
人間、言葉にできることはたかが知れているって話ですね。

 QMA2を遊んでみて。 (2005/12/8)

ところで、クイズゲームって面白いですかね?
私はクイズゲームってそんなにも面白くないと思います。

というのは、戦略・自由度・意志決定が弱いから。
それはゲームとして、いまいちだなぁと思うわけですよ。

知ってる問題だとある答えにならざるをえない、
つまり、解がそこに用意されているわけですよ。
後に残るのは、反射神経と先読みなわけです。

まぁね、楽しいか、楽しくないかといえば、楽しいです。
間違いなく、クイズゲームは楽しいです。
ただし、そんなにも『ゲームとして』面白くないです。

QMA2自体は今までの他のクイズゲームと比べるとダントツにいいです。
今までクイズゲームは、めちゃくちゃ早く死にすぎでしたし、
なんというか、負けに理不尽さを感じるものがあったからです。

QMA2はネットワークで対人戦を入れることにより、
その問題の理不尽さがかなりなくなってよくなりましたね。
つまり、COMと競うのではなく、人と競うデザインがいいわけです。

 自由度3 (2005/12/7)

http://iwatam-server.dyndns.org/game/strategy/strategy/x146.html#AEN172

自由度と自由の区別をiwatamさんがしていたのを紹介。
-------------------------------------------------
自由度は意志決定とも切り離せませんが、
戦略とも切り離すことができませんね。
意志決定、自由度、戦略は同じ出所のものだといえるからです。

思うのですが、面白くないゲームというのは、
戦略がなさすぎて面白くないというのがありますね。
要するに、歯ごたえがなさすぎるというものです。

そりゃ、人間の思考をコンピューターで実現するのは難しいですからね。
というわけで、対人戦のゲームが面白いってのも普通の話です。

ただね、対人戦の場合はゲームのルールが大事になってきます。
ルールがダメだと、ゲームもダメになりますから。

では、どういうゲームのルールがいいのでしょうか?

 自由度2 (2005/12/6)

http://d.hatena.ne.jp/annnnnnna/20050830/p5

簡単に言えば、勝つ手段のための自由度は必要だが、
プレイヤーは自由であってはいけないってのが私の結論です。
(ちなみに、iwatamさんの受け売りともいいます。)

私はマリオ64が好きではないのですが、あれは完全に自由だからダメなのですよ。
言わば、ゲームの目的が欠如しています。プレイヤーが自由であるからダメなのです。

 立命館大学のゲームシンポジウム (2005/12/5)

http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20051202/diec_01.htm
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20051203/diec_02.htm

>宮本氏: 家族、みんな、ですね。やっぱり人に驚いて欲しくてモノを作ってきたので、せっかくなら家庭でみんなが驚くものをつくっていきたい。家族で明るい話題となるものがどれだけ作れるか、というのが永遠のテーマです。目の前のテーマは言えませんから(笑)。

やっぱり注目するべきコメントはこれですかね。
今、ファミコン世代は大人になって、家庭を持ち始めています。
そうなるとすると、家族で楽しめるってのはむちゃくちゃ大事です。

さすが宮本茂だなという感じです。
もうグラフィックとかにこだわるのはやめましょう。
知恵を絞ること、アイデアを出すことが重要なのです。

 簡単だけど、奥が深い。 (2005/12/4)

ゲームの最大の賛辞は、『簡単だけど、奥が深い。』だと思います。
『幅が広く、奥が深い。』と言ってもいいかもしれません。

では、それを実現するには?
私はこの問題をずっと考えていたのですが、ようやくわかりました。

構成要素は簡単にして、組み合わせを複雑にすればいいのです。
また、構成要素に関しても、ちょっとした味付けが必要ですけど。

これでようやく私にも面白いゲームが作ることができます。
やっと真理にたどり着いた清々しさがありますね。

 XBOX360 (2005/12/3)

http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0512/02/news041_4.html

なんかドリキャスのようなコントローラーですね。
MSがセガの魂を受け継いだと考えていいのでしょうか?

まぁね、ゲームはソフトなわけですよ。
つまり、このハードじゃないとできないソフトを作るべきなのです。

はやいところ、面白いゲームを出してくださいということで。
ハードはなんだっていいのです、ソフトが面白ければ。

リッジ6にはちょっと期待してます。
まぁ、様子見ですか。

 ゲーム理論 (2005/12/2)

いろいろと考えるうちに、面白いゲームを作るためには、
ゲーム理論を取り込んでいく方が良いのではないかなと。

どんなゲームでもいいですが、あるゲームにいろいろと文句が出るのも、
ゲーム理論で考えると、そこに問題が発生するからなのではないかなと。

要するに、遊び手側が考えた最適理論と、
作り手側が考えた目論見が外れているのが根本原因なわけです。

物を作って修正して行くやり方もありですが、
もっとスマートに最初から緻密に作っていくのもありかなと。

例えるなら、自動車の衝突実験をコンピューター上で最初にやる方法です。
もっとも、実際に衝突させないとわからないこともありますが。

 自由度 (2005/12/1)

ゲームでめちゃくちゃ大事なのは、意志決定ですが、
その意志決定と切っても切り離せないもの、
それは自由度なのではないかなと。

自由度とは、意志決定の分岐とでも呼んでいいでしょう。
自由度とは勝負の決め手になるものです。

面白いゲームは自由度に幅があり、
面白くないゲームは自由度に幅がありません。

つまり、ゲームが面白いか面白くないかは、
自由度によって決定されるといっても過言ではないでしょう。

さて、いかに自由度を作るか。それが問題なわけです。

 数値によるドラマ (2005/11/28)

私はゲームと文章の相性はよくないと考えています。
ゲームに文章を入れると、誰もが疲弊する物量戦に陥るか、
1回しか遊べないゲームができるかのどちらかなわけです。

言わば、文章によるドラマの道を私はあまり信じていません。
まぁ、毎年毎年、あるいは、毎回毎回、ゲームを作るチャンスが増えて、
作り手にとって、それはそれでいい事なのかもしれませんが。
つまり、それはテレビや映画や本といったゲームの道です。

私としては、数値によるドラマの道を模索したいですね。
野球や将棋とか、文章は全く使っていないのだけども、
それでも印象に残る名場面ってのは確実にあります。
そういうの方が嘘くさくないと感じるわけです。

文章によるドラマってどこか嘘くさいわけですよ。
それは誰かの偏った思想や価値観からできているものだからです。

そう考えると、私は嘘ではない、本当の何かを模索しているのかもしれません。

 PS みつめてナイトを遊んでみて。 (2005/11/27)

ゲーム自体の評価としては、秀作・良作といった感じ。
簡潔にいえば、ときメモにドラマ性が加わっているなと。

つーか、広井王子は天外魔境から芸風が全く変わってないなと。
いや、魔人英雄伝ワタルから変わっていないともいえるような。
時代に即したアレンジで時代の荒波を乗っていってる感じです。

そういう意味で、ゲーム自体の見所は特にないですが、
ドラマ性の部分で面白いんじゃないかな?といった評価かなと。

ちなみに、遊んでいるうちにソフィアルートになりました。
で、1回目、何も見ずに遊んでいるとBADエンディング。
もうね、ものすごく悲しいエンディングを味わいました。

で、攻略サイトを見てみると・・・、
最後の最後で、違う場所に行ってしまったのが、
BADエンディングに結びついてしまったようです。(;´Д`)

というわけで、ソフィアGOODエンディングも見ましたが、
うーん、なんかコテコテの流れで、あまり好きではないですね。
漫画やアニメの思想をもろに受け継いでしまっているというか。

ゲームがアニメを取り込んで吸収したのではなく、
ゲームがアニメに侵食されたなと感じるゲームでした。

 PS ダブルキャストを遊んでみて。 (2005/11/26)

ものすごく今さらながら、ダブルキャストを遊んでみて。

これって、ゲームっていうには支障があります。
ゲームブックやアニメに近い代物ですね。
まぁ、昨今のADVをゲームというのは難しいって奴です。

でもね、まぁ、面白いのなら、それでもいいかなと。
ただ、この手の代物が『ゲームとして』たくさん世の中に出回ると、
多くの人はゲームとは何かがわからなくなるんじゃないかなと。

初回プレイは見事にBADエンディングでした。
この手のゲームは何も見なければ、確実にBADエンディングですね。
その面についてもやっぱりどうかなぁ、と思ってしまいます。

 アクアの日誌を遊んでみて。 (2005/11/25)

この記事はあまりに長すぎたので、こちらに移動させます。

 ワクワクドキドキ感3 (2005/11/24)

ずーっと考えていて、ふとわかったことがあります。
ワクワクドキドキ感のワクワクとは期待であり、ドキドキとは危険なのです。
いや、ものすごい当たり前のことなのですけどね。

こう言ってもいいかもしれません、
ワクワクとはリターンであり、ドキドキとはリスクであると。

あるいは、こう言ってもいいかもしれません。
ワクワクとは虎子であり、ドキドキとは虎穴であると。

ここでゲームで重要なことなのですが、
いかに魅力的なワクワクとドキドキを作るか?
というのがありますね。

では、魅力的なワクワクとドキドキとは?

 あなたが主人公 (2005/11/23)

昔は、『あなたが主人公』ってのが多かった気がします。
だからこそ、遊ぼうという気になったのではないかなと。

最近は、『私ではない誰かが主人公』なわけですよ。
それははっきりいって、つまらないし、面白くない。

そういう基本を押さえていないゲームはダメですね。
自分自身がゲームに参加したいと思うこと、それが重要です。

 売れるゲームを考える。 (2005/11/22)

アクアの日誌で、自分が面白いと思うゲームは実現できました。
だからもう、このハードルはクリアしたし、その能力を身につけたと考えています。

では、私の次の目標とは?
それは売れるゲームです。

もっと言うなら、喜んで遊び手が買ってくれるゲーム、
あるいは、社会に影響を与えるゲームと言ってもいいでしょう。

せっかく作るのだから、売れるゲームの方がいいですよね。
それは作り手、遊び手の両面から考えて、一致します。

というわけで、以後、売れるゲームを考えて、
その実現に邁進していくことにします。

 少人数製作のメリット (2005/11/21)

それは少数であるがゆえに、少数の意見が反映されること。

もちろん、その少数の中の人がとんでもないバカだと、
とんでもないダメなゲームができます。

しかし、中の人がとんでもなく天才だと、
とんでもなく素晴らしいゲームができます。

これがメリットといわず、何といえるでしょうか。

大人数製作の場合、はっきりいって、凡庸なものができますね。
何故なら、役割分担を完璧にしてしまう上に、
今までにあったゲームを踏襲して作ってしまうからです。

本当に素晴らしいものは少人数製作から生まれるような気がしたり。

 満足感の問題 (2005/11/20)

アイマスを遊んでいて思ったのが、多くの人って満足感に敏感なんだなと。
よーするに、お腹一杯か、空腹かにすごく神経使ってるわけです。

私の考えとしては、遊び手を満腹にさせてはダメ、
もうすこし食べたいなと思う量にするってことです。
それと、次は何を食べようかな?と思わせることです。

私の理想は、面白くて、時間が短くて、何回も遊べるですかね。
面白くなければ、そのゲームには価値はありません。

 家庭用ゲームの没落と復活 (2005/11/19)

最近、何気にゲーセンが盛り上がっているようです。
キーワードは、ネットワーク、カード、有限時間のような感じです。
どれも家庭用ゲームにはないものですね、いいことです。

昔、ゲーセンの復活はゲーセンだけでしか遊べない面白いゲームが出た時!
と、ゲーム徒然草で書いた記憶があるのですが、まさにその通りでしたね。

さて、家庭用ゲームが没落して、久しくなるような気がするのですが、
では、一体、いつ家庭用ゲームが復活するのか、大胆に予想してみます。

まずは、面白いアーケードゲームが家庭用に移植される時。
まぁ、これはファミコン時代の黄金パターンですね。

それと、家でゆったりとしたゲームが楽しめれる時ではないかなと。
というのは、今、大多数の人は疲れているのじゃないかと思うわけですよ。
つまり、疲れを癒すようなゲームこそが必要なのではないかと思ったり。

具体的には、観戦機能をもったゲームが出るときではないかと予想します。

 第7回 3分ゲーコンテスト (2005/11/17)

http://saka.ave2.jp/3/kako/7/index.html

ジェットダイバー、激しく笑った。
おっ、いいねぇ、俺、気に入っちゃったよ。

あとは、さとるくん2とHEART HURTかな。
今回はミニゲーム調のゲームが多かったですね。

いやはや、ほんとにジェットダイバーは良かった。
レトロゲーっぽいのが非常にいいなぁと。

 ネットの海の中で。 (2005/11/16)

http://senji.txt-nifty.com/meganedrug/2004/05/post_10.html

ネットの海の中でいいものを発見。
素晴らしい見識だなぁと思う点がちらほらと。

http://www2a.biglobe.ne.jp/~mizuki/text/colum/balance.htm

これも素晴らしいですね。いいところをついてるなと。
このようなゲーム業界以外の人からの風を入れた方が良いかなと思ったり。

 スーパーメトロイド36分クリア (2005/11/15)

http://speeddemosarchive.com/demo.pl?SuperMetroid_036

MIXIをさまよっていたら、発見。
私、スーパーメトロイド、4回ぐらいはクリアしていますが、
もう理解できない展開であっけに取られました。

SFCのゼルダの伝説、SFCのスーパーメトロイドぐらいが
普通の人にちょうど良いゲームのボリュームだと思うのですけどね。
これでも今ならちょっと多いかもしれません。

具体的にいえば、25時間ぐらいでクリアできるゲームです。
あと、久々にやるとすっかり忘れてしまうゲームですね。

SFC時代を懐かしむ人がいるのも理解できるところです。

 個人の葛藤とか。 (2005/11/13)

最近のRPGなどのシナリオでありがちなのは、
個人の葛藤とかを前面に押し出したものですね。

この個人の葛藤ネタはどこから来たかといえば、
ガンダムのアムロであり、エヴァのシンジ君なのでしょう。
いわゆる、現代の病理といってもいいかもしれません。

でもね、もう飽きました。(;´Д`) 少なくとも私は。
確かに、幼少期、私もガンダムをスゴイ!と思いましたよ。
しかしね、もうこれ以上はここから先に進むことは出来ません。

といったわけで、新しい道を考えてるところです。
私としては、もっと社会性が感じられるものがいいかなと。

退屈そうで、退屈じゃない、
日常的で、非日常な、
そんな題材がいいかなと考えています。

もうね、個人の葛藤など、どーでもいいです。
大事なのは、結果としての行動なのではないかなと。

 どうすればいいのかわからない。 (2005/11/11)

最近、何故、やりたいゲームがなかなか出てこないかといえば、
大体のゲームは展開に予想がつくからではないかなと。
もう遊ぶ前から理解できているゲームばかりなのです。

そういった意味で、面白いゲームを作りたいのなら、
始めは一体どうすればいいのかわからないゲームを作るべきかなと。

例えば、初めてRPGが出たとき、多くの遊び手は
どう遊んでいいかわからず、戸惑ったという感想をよく聞きます。
(また、ゲーム内に数値を貯めるデザインにも批判が起こりました。)

これをやるためには、新しいジャンルを作らないといけない可能性もありますね。
まぁ、新しいジャンルを作る方法もじっくりと考えていきましょう。

 宮本茂とそのゲーム (2005/11/10)

>http://iwatam-server.dyndns.org/game/design/design/x167.html

iwatamさんの話を聞いて、よくよく考えてみると、
日本のゲームデザイナーの巨匠の一人の宮本茂は
ゲームではないものをゲームとして作ってきたのではなかろうかと。

まずは、スーパーマリオで有名な『宝探し』。
これって手加減されたなぞなぞに近いわけです。

マリオ64で完全に開放した『プレイヤーの自由』。
タイムリミットがなくなったというやつですね。

そして、ニンテンドックズに代表される『シミュレータ』。
これもゲームとはいえない側面があります。

確かに、厳然たるゲームは勝者と敗者を完璧に分けて、
普通の一般人には受け入れがたいところのものがあります。

でもね、ゲームの味を薄めすぎるのもどうなのかなと。
ゲームじゃないものをゲームとして売るのはどうなのかなと。
宮本茂が天才だったがゆえに、今の混迷が生まれたような気もします。

多分、次の日本のゲームの黄金期は宮本茂を超える
ゲームデザインを体現した人が出現する時だと予測しておきます。

 意志決定の話。2 (2005/11/9)

ゲームで重要なのは、意志決定です。
これがないゲームはゲームといえないと言うくらい大事です。

で、この意志決定において重要なこととは、
責任ではないかなと思うわけです。

この意志決定に対して、自分はすべての責任を負っている、
と遊び手に自覚させることができたらしめたものです。

そのような意志決定があるゲームこそが面白いゲームでしょう。

 大きいものと小さいもの (2005/11/8)

大きいものを作ろうとするとまず失敗します。
小さいものを作ることが成功のコツです。

大きいものとなると、焦点がぼやけます。
いわば、何が大切なのかわからなくなります。

小さいものとなると、焦点がはっきりします。
いわば、選択と集中を行うことができます。

男はすぐに大きいものを夢想して、
製作が頓挫するってのはありますね。

女は現実をよく見て行動するので、
完成までたどり着くってのがあるかなと。

 完成度 (2005/11/7)

思うのですが、私が好きなゲームって完成度の高いゲームですね。
改善点をどんどん考えていくのも、完成度を高めるためだなと思ったり。

完成度の高いゲーム、それは世界を完全に構築したゲームだといえます。
それは、1つの独立した世界といっても過言ではないでしょう。

子供が何かの世界を作るように、神がこの世界を作ったように、
そのことの真似事なのだなと。

 ゲームからゲーム (2005/11/6)

よくゲームからゲームを作るなとかいう人がいますが、
一体、その人はどんなに素晴らしいゲームを作ったのでしょうか?

そもそもゲームからゲームを作ることを否定するなら、
ドラクエなんて、真っ先に否定するべきゲームですね。
製作者がウルティマとウィズをパクったと公言してるゲームですから。

私はパッと出てくるゲームはあまり好きではありません。
言うならば、ゲームの流れを汲まないゲームはダメです。

そもそもゲームからゲームを作ることを否定するなら、
90%以上のゲームは否定されるような気がしますね。

 意志決定の話。 (2005/11/5)

人間って、自分で何かを思って行動するのが好きなのですよね。
難しくいうと、人間は主体的に意志決定を行うことが好きです。

例えば、親から勉強しろ!とか言われたとしましょう。
多分、99%の人間は勉強をしたい気分はなくなります。
また、やったとしても楽しく勉強はできません。

つまりですね、遊び手の意志決定は大事なのですよ。
遊び手が自由に主体的に意志決定をできるだけで、
そのゲームは十分に面白くなります。

逆に、作り手の意志決定に遊び手を沿わせるゲームは最低です。

 ゲーム画面の向こう側 (2005/11/4)

ゲーム画面の向こう側について考える。
それは、遊び手の顔のことです。

思うのですが、ゲームの作り手は遊び手の顔を
イメージしながらゲームを作るのが重要なのではないかなと。

遊び手の喜んだ顔、怒った顔、哀しんだ顔、楽しんだ顔、
そういうの強く具現化(イメージ化)できればできるほど、
面白いゲームが作れるのではないかなと。

 支配と理解3 (2005/11/3)

支配と理解ができないゲームほど、
末永く楽しめれるゲームだということがわかりました。

そりゃ、最適解・最善手が理解できるゲームだと、
すぐに飽きちゃいますからね、歯ごたえがありません。

では、支配と理解ができないゲームを作るにはどうすればいいか?

それはとりあえず2つの方法があると思います。

1つは運の要素を多分にいれること。
1つは圧倒的自由度を実現すること。

運の要素って奴はトランプゲームに代表されますね。
さて、圧倒的自由度を実現する方法、これはまた今度の話で。

 ネットゲームの不幸 (2005/11/1)

http://iwatam-server.dyndns.org/column/68/index.html
>最初から頂上が見えてしまうと、あまりの距離にやる気をなくしてしまう。

ネットゲームの不幸は、一番最初に1番の奴を見てしまうことです。
これを見てしまうと、やる気が萎えるのですよね。

だから、ゲームデザイナーはこれをやってはいけません。
何故なら、大多数のプレイヤーが敗者になるからです。

そうではなく、一歩一歩進んでいけるゲームを目指すべきなのですよ。
それは、シングルゲーム的な、私の言葉でいえば、絶対的なゲームのことです。

はっきりいって、順位を作ってしまうのなら、偏差値を作ってしまうのなら、
半分以上の人は自己愛を保つことができず、脱落していきます。
そして、そこからピラミッドは崩れていってしまうのです。

QMAはそこらへんのとこがうまくやってる気がします。
上級者による初心者狩りを許すゲームはダメです。
これは遊び手の責任ではなく、作り手の責任です。

10段の猛者が10級の初心者をなぶり殺すのを許すシステムを作ってはいけません。

 繰り返し (2005/10/31)

ゲームでは始まりがあって、終わりがあります。
その始まりと終わりの間には、いろいろな繰り返しがあります。

ACTなら、ステージが繰り返されます。
SLGなら、コマンドが繰り返されます。
RPGなら、イベントが繰り返されます。

その何かの繰り返しこそが大切なのですよ。
その繰り返しを面白くすれば、面白いゲームが出来上がりますから。

 支配と理解2 (2005/10/30)

http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20051027203.html

十字軍露営地のCRSさんは、
ゲームを支配することが喜び、みたいなことを言ってました。
支配とは理解といってもいいでしょう。

支配欲とか、探求欲とか、理解欲とかは似ていますね。
コレクションしたい欲望とも似ています。
人間の男がよく持つ傾向がある欲望の種類です。

だとするならば、ゲームを面白くするには?

それは支配できないゲームを作ることです。
それは理解できないゲームを作ることです。

 読みあい (2005/10/29)

ゲームで重要なのは読みあいだと思うのですよね。
読みあいとは、駆け引きと呼んでもいいでしょう。

もし、相手の行動を完全に読みきったならば、
その場合のプレイヤーは勝つべきです。
ゲームではパワープレイを否定するべきなのです。

アイマスはその意味で読みあいの機能がもう一歩です。
イメージレベルがパワープレイを許してしまうのですよ。
(これはこれで育成ゲームの面白さなのですが。)

ただ、アイマスは方向性としては悪くないかなと。
もうちょっと洗練化してほしいなぁ、という感じです。

 アクアの日誌の話。12 (2005/10/28)

ついにアクアの日誌が完成し、販売開始となりました。
興味がある方は体験版をお試しのうえでお求めください。
ちなみに、期間限定の価格ですので、お早目の購入をオススメします。

それにしても、前にも書きましたが、
この1年半の製作期間は短かったような気がします。
それは夢中になって取り組んでいたということなのでしょう。

とりあえず、私の考えていたことはすべてゲームにぶちまけました。
ゲームデザイン的には、ほとんど不満のない内容です。
私はこのゲームを作ったことに満足しています。

が、実質、2人でゲームの全般を製作していたので、
プロの作品と比べてしまえば、不満がでるところがあります。
それはもう、アマチュアの、同人の苦しいところです。

しかし、アマチュアであるからこその、同人であるからこその
魅力がこのゲームには詰まっていると胸を張って自負します。
プロにはできない何かがあることこそ、このゲームの存在意義です。

現実と折りあわせて、妥協しながらもゲームを完成させたこと。
それが私の誇りですね。

さて、次の山を登ろうかと思います。
自己育成SLGは少なくとも2年は作らないかも。

 物量戦はするな。2 (2005/10/27)

ゲーム徒然草で何度もこのネタを書いていますが、
何故、物量戦がダメなのか?

それは自分も疲弊するし、相手も疲弊するからです。
相手というのは、ライバル(同業者)であったり、遊び手です。

要するに、誰も勝てなくなるわけなのですよ。
自分、ライバル、遊び手でLOSE-LOSE-LOSEです。
私からすれば、物量戦は最悪の結果を招き寄せます。

それは薄めすぎたカルピスは不味いという言葉に集約できます。
美味しくないカルピスに価値はありません、意味もありません。

確かに、量を増やせば、お得感がでますよ。
しかし、それは安物買いなわけですよ。
何故なら、満足感はあるかもしれませんが、面白くないからです。

 自己の満足と他者の満足 (2005/10/26)

http://d.hatena.ne.jp/samona/20051023#p1

私は自己満足は絶対に必要と考えています。
自己満足がなければ、自己が崩壊するからです。

他者の満足は自己の満足の上にあればいいのですよ。
そもそもアマチュアでは他者の満足なんか狙わなくてもいいです。

もちろん、プロなら他者の満足は絶対に必要ですけどね。

というか、自己満足を完璧に追求すると、
他者の満足に行き着きますが。

人間って、そういうものですよ。

 ギャンブルとゲーム (2005/10/25)

ギャンブルとゲームには明確な違いがあると思います。

ギャンブルとはお金を賭ける遊戯で、
ゲームとは名誉を賭ける遊戯です。

だからこそ、名誉が獲得できるゲームを考えるべきです。
そうすると、そのゲームは絶対に面白くなると思います。

 人と人を繋げる (2005/10/24)

ゲームってのは一人で遊んでもあまり楽しくないのですよ。
それは遊びってものが一人で遊んでも面白くないことと同じです。

だとするならば、ゲームを面白くするには、
そのゲームを遊ぶことで人と人を繋げばいいわけです。
そうすることによって、ゲームは明らかに面白くなります。

では、ゲームを使って、どうやって人と人を繋げるのか?
それはこれを読んでいるあなたなりに考えてみてください。

 選択と集中 (2005/10/23)

これもゲームに限ったことではないのですが、
あらゆることで、選択と集中を考えることは大事です。

選択とは、何を選ぶかということであり、
集中とは、何を1番に持ってくるかということです。

あれやこれやと追い求める人は結局、何も手にできません。
昔から言われてることですが、二兎追う者は一兎も得ずなのです。

重要ではないものは全部捨てること。
これがなかなか難しいのですよね。

 心境の変化 (2005/10/22)

ちょっと前までは、自分が面白いと思うゲームを作る!
ってのを考えていたのですが、最近、心境の変化が。

遊んでくれた人の役に立つゲーム、
遊んでくれた人の笑顔の見えるゲーム、
そんなゲームをぼんやりと考えています。

私も年をとったのかなと思わせられます。
まぁ、面白いゲームを目指すのは変わらないですが。

なんていうか、自分の視点が自己から他者にいってるとこが驚きです。
自己より、他者を見て、ゲームを作ろうとしてるわけです。

アマチュア志向なら自己を見るほうがいいと思うのですけどね。
他者を見て、ゲームを作るのはプロの志向なのですよ。

 アクアの日誌の話。11 (2005/10/21)

体験版をダウンロードすることができるようになりました。
ご購入を考えている方はぜひ試してみてください。
ゲームの動作環境やゲームの雰囲気がよくわかると思います。

しかし、この手の自己育成シミュレーションゲームは
自己管理能力を鍛えるのにうってつけの題材ですね。

なんというか、前もって世界を把握することによって、
自分がどう行動すべきかのイメージする能力が身につくわけですよ。
例え、それがゲームの世界であったとしてもです。
つまり、簡単に現実の世界に応用できるわけですよ。

夏休みの宿題が終わらなかった人とか、
いつも試験前は一夜漬けになってしまう人とか、
どうすればいい結果をとれるのかわからない人とか、
そういう人にピッタリなゲームだと思います。

もちろん、人生とゲームは違います。
しかし、ゲームは人生を元に作られています。

 キャラ製作のポイント2 (2005/10/20)

キャラ製作の大事なポイントを1つ。

それは自分の作るキャラは誰かに真似をされなければならないということ。
もっと言うなら、誰かに落書きや似顔絵を描かれるキャラを目指すことです。

仮面ライダーの原作者、石ノ森章太郎が言ってたと思うのですが、
仮面ライダーというキャラを作る時に、
敢えて子供が描くことができるデザインにしたそうです。

つまり、線や陰影などを省略して、単純化したわけです。
わかりやすく、親しみやすく、覚えやすくするためです。

確かに、ドラえもんやアンパンマンやピカチュウなどは徹底的に単純です。
だからこそ、このキャラクターには価値があるわけですよ。

キャラを作る時には真似をされる・落書きをされるのを
頭に想定しておきながら、キャラを作りましょう。

 不満のないものは作れない。 (2005/10/20)

ゲームに限ったことではないのですが、
不満のないものは作れませんね。
必ずどこかしらに不満の種があり、芽が出るわけですよ。

だとすれば、どうすればいいのか?
それは達成したい目的だけに焦点を当てて考えればいいのです。

これを作ることでどんな目的を達成したいのか?
これを作ることの最大の目的や意図は何か?

つまり、一番高い優先度のことだけを考えるのです。

一番優先度の高い目的を達成できたなら、いいじゃないですか。
そこに些細な不満などがあろうともね。

 岩田社長 (2005/10/19)

http://www.1101.com/president/iwata-index.html
とりあえず読んでおきましょう、ためになりますから。

 製作体制 (2005/10/18)

環境が悪いと、いいゲームもできないなと。
しかし、環境が良くとも、必ずしもいいゲームができるとも限らない。

ただ、確率的には環境がよいほうがいいものができるかと思います。
そういった意味で、製作体制についても改善するべきかなと。

まぁ、弱小同人で何を言うか!ともいいますが、
こういうのは小さい時から作り上げた方がかなり有利です。

というのは、大きくなればなるほど、舵取りができなくなるから。
いやはや、私はあまり規模を大きくしたくないのですけどね。

リスクが低くて、リターンがでかいのが最高です。
さて、それをいかにして実現するかが問題なわけですよ。

 物量戦はするな。 (2005/10/17)

ゲーム製作において、もっともやってはいけないこと。
それは物量戦です。

遊び手はいつもよくこう言ってきます。

キャラクターを増やして欲しい、
文章(シナリオ)を増やして欲しい、
音楽を増やして欲しい、
○×△□を増やして欲しい、と。

しかし、その意見を取り入れて、
そのゲームが本当に面白くなるかといえば、疑問です。
むしろ、ゲームとして破綻を来たす場合が多かったりします。

遊び手の意見は必ずしも正しくない、
至極当たり前のことですが、絶対に認識しておくべきです。
もちろん、取り入れると良くなる意見もありますが。

思うに、ゲームの作り手はどっしりとした何かを持っていなければならないのです。
遊び手がちょっとやそっと口を出しても、動じない何かが必要です。

それを哲学とか、思想とか、デザインというのでしょう。

 消費されるゲームは嫌い (2005/10/16)

祭りだ、何とかだといって、消費されるゲームは嫌いです。
いわば、発売日の前後にしか話題にならないゲーム、
もしくは、誰の記憶にも残らないゲームのことです。

少なくとも自分はそういうゲームは絶対に作りたくありません。
何故なら、人生の一部が損なわれるからです。

人生、つまり、時間だけは絶対に戻ってきませんからね。

 説教ゼロのゲーム2 (2005/10/15)

説教くさいゲームはやはりだめだなぁとつくづく思いました。
それは面白くないですからね。ゲームではありえなくなります。
岩谷さんの言葉でいえば、ゲームはFUN FIRSTである必要があるわけですよ。

しかし、瞬間の喜び、刹那的快楽だけを追及すれば、
いいってものじゃないという問題もあります。
少なくとも、それは私の望む方向性ではありません。

そういうわけで、暗喩(隠喩)、寓話、例え話などの
はっきり言わないけども、気づかせる方向でいきたいなぁと。
つまり、押し付けがましくやってはいけないのです。

大人になって、はじめて童話や童謡の良さに気づきますね。
確かに、それらは普遍の真理を持っていますから。

 『風雲相討学園フラット』を遊んでみて。 (2005/10/14)

寝込むほどの大ショック。(;´Д`)卒倒しそう。
素晴らしく面白いゲームと出会いました。
http://www.geocities.jp/negativegang/flat.html

しかも、アマチュア製作でさらにフリーソフトと来ました。
プロが長年考え続けて超えれなかった壁を
アマチュアが楽々問題解決したところが衝撃的です。

ADVってのは昔からガチガチの進行しかなかったわけですよ。
それは入力式・コマンド式ADVであれ、ノベルゲームであれ、そうです。
いわば、一本道のルートしかほぼ提示できませんでした。
そこが、ADVのゲームとしての最大の弱さだったわけです。

しかし、このゲームはそれをある程度解決しています。
もう、それは手放しで絶賛するべき快挙かなと思うわけです。
それは『たたみかけモード』というシステムが象徴的ですね。

また、物語がバカで、楽しくて、エロくて、重くて、
シナリオの完成度も非常に高く、とてつもないゲームです。
なんというか、何でこのゲームがここからでてきたのでしょうか?

こんなゲームを見かけるたびに、
時代はプロのゲームからアマチュアのゲームに
移ってるのではないかと考えてしまいます。

 アクアの日誌の話。10 (2005/10/13)

この第一回目のアクアの日誌の話で、
アクアの日誌は復讐心で作り始めたってのがあるのですが、
今ではそんな感情はどこかに行ってしまいました。

なんというか、物を作っていると、心が浄化されますね。
すべてのことがもうどうでもよくなってくるのです。
精神を病んでいる患者が物を作ると、ストレス発散できるというのに似ています。

何かやりきれないことやもやもやしたことがあるのなら、
文章を書いたり、絵を描いたり、音楽を作曲するのもいいですね。
ただ、受け手側はたまったものじゃないかもしれませんが。

多分、そういう人間が傑作と呼べるものを時々作るのでしょう。
何故なら、それは迫真に満ちた魂が込められたものになるでしょうから。
ピストル自殺したゴッホの絵とかはまさに精神が歪んでいますからね。

ただ、私としては、なんだか負の感情を使って物を作るのは飽きてきました。
まぁ、それはそれでとんでもないものができて、楽しいのですが。
なんというか、負の感情の源泉が尽きてきたといえば、正しいでしょうか。

 意味とは何か? (2005/10/12)

ゲームにおいて重要なこと、それは意味です。
そのゲームを遊ぶことによってどんな意味があるのか?

遊び手はそんなことはあまり考えなくてもいいのですが、
作り手はこれだけはしっかりと考えておく必要があります。

何故なら、ゲームを遊ぶことによって、
お金や時間や体力などを消費しますからね。

無意味なゲームは誰にも遊んでもらえませんよ。
だからこそ、どんな意味をゲームに付随させるかを考えるべきです。

------------------------------------------------
いみ 1 【意味】

(名)スル
(1)言葉・記号などで表現され、また理解される一定の内容。
「単語の―」「この文は―が通らない」
(2)ある表現・作品・行為にこめられた内容・意図・理由・目的・気持ちなど。
「―もなく笑う」「彼が怒った―がわからない」「感謝の―で贈る」
(3)物事がある脈絡の中でもつ価値。重要性。意義。
「ここであきらめては努力してきた―がない」「歴史的―」
(4)表現によって暗示的にほのめかされる深い味わい。含蓄。
「言外の―」
(5)ある表現・行為・物事などのもつ内容を表すこと。
「赤字はマイナスを―する」「あの微笑は何を―するのか」

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B0%D5%CC%A3&kind=jn

 キャラ製作のポイント (2005/10/11)

私は『主人公==遊び手』派ですので、
主人公以外のキャラを作る時に、重要な点を書いておきます。

美人は3日で飽きて、ブスは3日で慣れるって言葉がありますが、
思うに、インパクトを狙うとなると、これを使うべきじゃないかなと。

要するに、美男美女ばっかりそろえてもダメってことですよ。
逆に、遊び手は美男美女じゃない方に感情移入することがありますし。

それと、キャラには長所と短所、好きと嫌いなどといった、
相反するものを組み合わせておくべきかなと。

長所ばかりのキャラはいわば、美男美女みたいなものですから。
なんというか、人間くさくなくて、うそ臭いのはダメなのですよ。

長所と短所といったものがあれば、その差のインパクトが出るんじゃないかなと。
そのインパクトこそが人間の記憶に残るものだったりするわけですよ。

 アクアの日誌の話。9 (2005/10/10)

このゲームのシナリオというか、文章全般に渡って、
草稿みたいなのを作り上げたのは私なのですが、
なんとなく自分でも『これ自分で書いたのか?』
という文章がゲームの中にいくつかあります。

なんというか、そういう文章を見ると、
キャラクターに魂を込められたなって気がします。
つまり、私の人格ではない何かを感じられるわけなのですよ。

まぁ、いつか私が死んでも、このキャラは
遠いどこかで存在するような気分になるわけですよ。
それは私とは切り離された存在としてです。

つまり、そういうのが永遠性って奴かもしれませんね。
私はこのゲームを作り上げることができて、満足しました。


最後に、私が気に入っている文章を。

生きるってことは一瞬の煌めきなのかもね。
あははっ、さすがにこれはくさすぎたかな?

 日本のゲームが強かった理由 (2005/10/9)

昔、日本のゲームが強かった理由は、
ハードのスペックに限界があったからだと思います。

パックマンにしろ、マリオにしろ、ポケモンにしろ、
プログラム上にむちゃくちゃ制限があったからこそ、
面白いゲームになりえたのだと思います。

逆に言えば、今は制限がぜんぜんないからこそ、
日本のゲームはダメダメなのだと思います。

だから、面白いゲームを作ろうと考えるならば、
自分自身でゲームの制限をまず考えるべきですね。

例えば、製作期間を厳守して決めるとか、
ゲームの容量をある枠内で確実に収めるとかです。

3分ゲームコンテストはその着眼点と先見性において素晴らしいですね。

 ドット絵楽しい。 (2005/10/8)

ドット絵を打つのは楽しいのではないのかなと。
いや、模写状態のど素人なわけですが。

3Dのポリゴンよりも愛着がわく予感。
リアルにすると、愛着がわかないのですよ。

しかし、昔の人は16x16の3色でよくこれだけがんばりましたね。
限界という制限の中だからこそ、素晴らしいものが産まれるのですね。

 爽快感のあるゲーム (2005/10/7)

爽快感のあるゲームがいいという人がいますけど、
私としてはそれはちょっと微妙な部分ですね。
(テンポの良いゲームと区別しています。)

というのは、爽快感のあるゲームって、
概して、記憶に残らないゲームなのですよ。
いわば、遊んだ後に何も残らないゲームなのです。

つまり、『わー、気分爽快だったなぁ!』で終わっちゃうのですよ。
こういうゲームってある意味、虚しさを呼び寄せます。
だから、私はあまり好意的には評価できないのですよ。

まぁ、人生が無駄なら、ゲームも無駄でしょう。
ただ、私は人生にもゲームにも意味を見出したいわけなのですよ。
もっとも、人生にもゲームにも意味はないかもしれませんが。

 真似から、真似できない。 (2005/10/6)

私はなんでもかんでも最初は真似でいいと思うのですよ。
これいいな、と思った奴はどんどん真似していくのです。
いわば、武道でいう『型を習う』という奴です。

で、型を習うのに飽きてきたら、
自分なりに頭を働かせてやってみることですね。
いいなと思うことを組み合わせていくのもいいでしょう。

さらに、自分なりの型を確立できたら、
他人には絶対真似できない領域に挑戦するべきです。
それこそが自分のためでもあり、他人のためなのです。

絶対真似のできないところまで到達できたら、
きっとあなたの姿を見て、他人は真似をするでしょう。
そう、最初にあなたが誰かの真似をした状況の時と同じように。

 アイマスの話。12 (2005/10/4)

アイマスを最近、遊んでいません。

そのゲーセンに行くだけで1時間ぐらいかかるってのもあるのですが、
何よりも、時間を止めてしまいたいのですよね。

なんていうか、求めるものはこの瞬間にあるのです。
もうこれ以上は、私にとっては不必要なのかもしれません。

だけど、でも、しかし、
運命のその時が来るのを止められないのかもしれません。
それはリアルな肉体をもつ人間と同じことですね。

アイマスというゲームの中のキャラも死ぬ。
人生という世界の中の自分も死ぬ。

そういうことをこのゲームは突きつけてくるのですよ。
いわば、断崖絶壁に追い込まれたような心境になります。

 無目的な遊び (2005/10/3)

遊びってのは目的がある奴とない奴がありますね。
実用的か、実用的じゃないかの差かな。

まぁ、何を持って、実用的とするか、
人によって意見が分かれるだろうとは思いますけど。

http://ishi.blog2.fc2.com/blog-entry-56.html
このゲーム?を遊んでいて、そう思いました。

つか、最近のゲームはあれをしろ、これをしろとうるさくてダメですね。
遊びとは自発的に自ら進んで遊ぶものですよ。
上から強制的に命令されて遊ぶゲームが面白いわけがないです。

 義務感 (2005/10/2)

義務感を感じてしまうゲームではダメですね。
それは、もうゲームの大前提からしてダメです。

○×を集めなきゃいけないな・・・。
○×を稼がなきゃいけないな・・・。
このゲームをクリアしなきゃいけないな・・・。

はっきりいって、そんな状態になってしまったのなら、
遊び手はゲームを遊ばない方がいいです。
それは遊びとはいえないから、ストレスがたまるだけですから。

別に、クリアしなくてもいいゲームがいいですね。
遊んでいる過程が楽しいゲームです。
過程が楽しいからこそ、結果に意味が出てくると思います。

では、これは作り手が考えることですが、
義務感のない、あるいは、少ないゲームを作るためにはどうすればいいのでしょうか?

 思考実験 (2005/10/1)

ゲームの魅力の1つは、思考実験にあるのではないかなと。

考えて、行動して、結果が出る、そして、また考える。
その繰り返しの一連の流れこそが楽しいわけです。

そういうわけで、一回目のプレイで勝ってしまうゲームは
ダメダメなゲームですね。すぐに見放されるゲームです。

ネタバレさえ知って、記憶さえすればいいゲームも
ダメダメなゲームですね。攻略する価値がありません。

私が望むゲームは、スルメのような何度も何度も
噛めば噛むほど、味わいが出てくるゲームですね。

 語呂の力 (2005/9/30)

大ヒットゲームは語呂が良いことが多いです。

ドラゴンクエストはドラクエ。
ファイナルファンタジーはエフエフ。
テトリスは・・・テトリスのままですね。
ストリートファイター2はストツー。
ポケットモンスターはポケモン。
アイドルマスターはアイマス。

似ている共通点は、2単語の英単語で構成されて、
なおかつ、4文字の日本語で発音されることです。

語呂が良い方が得ですね。
何故なら、他人に説明する時に楽だからです。
それは口コミを誘発する原動力にもなります。

 小が大を喰う条件 (2005/9/29)

・知恵を絞る、効率化を図る
・1つの方向に集団が向かう
・スピードを圧倒的に高める

人間がマンモスを倒す図を想像しながら。
今も昔もやることは変わりませんね。

 ネタではなく、作りこみ。 (2005/9/28)

ネタでゲームを作ってもダメだと思うのですよ。
いわゆる、一発ギャグみたいなゲームのことです。

何故かというと、結局は見返りが少ない気がするから。
また、一世を風靡したとしても、一瞬のことですから。

では、どうすればいいかといえば、やはり作りこみかなと。
ジブリ映画のように、何年も鑑賞に耐えうるものであるべきなのです。

ネタばっかり探している人とか、ネタでゲームを作ろうとする人は、
なんとなくその辺のことがわかってないような気がします。

めっきの偽物はいらないです。本物だけが必要です。

 抽象ゲームと具象ゲーム (2005/9/27)

将棋の1つの欠点、それは抽象的な思考が必要だということ。

それはつまり、ある程度の理解を持った人間でないと、
将棋を面白いゲームだとは認識できないところです。

それと、抽象的なゲームなので、とっつきにくいのですよ。
絵画でもそうなのですが、抽象的なものはあまり人気が出ません。
むしろ、具象的なものの方がわりかし人気がよく出ます。

というのは、具象的な表現は素人目でもわかりやすいから。
抽象的な表現はある前提の知識を必要だったりします。

抽象的なものは完全で美しいという要素があります。
それは、自然法則であったり、普遍的なものだったりするからです。

まぁ、最初は具象的なものでいいのですよ。
でもね、そのうちには抽象的なものの魅力もわかってほしいなと。
その橋渡し的な役目をゲームデザイナーはするべきと思うのですけどね。

 ゲーム製作の最大の失敗 (2005/9/26)

ゲーム製作の最大の失敗とは、
ゲームが完成せずに終わることじゃないかなと。

言わば、夜遅くまでになってしまっても、
目的地へとたどり着かないという悲惨な状態です。

これって、目的地を設定・計画する人の能力不足なのですよね。
それと、目的地に先導していく人の能力不足です。

駄作やクソゲーを作ってしまうのは、まだ成功かなと。
いやいや、次に繋がる場合はですけどね。
というのは、目的地にはたどり着いたわけですから。

そういう意味で、目的地を計画する人と目的地に先導していく人は
非常に重要な役割だと思います。

目的地にたどり着かない場合は、完璧に挫折する可能性がありますから、
この事態だけはなんとも避けたいところですね。

 QMA2を遊んでみて。 (2005/9/24)

http://www.konami.co.jp/am/qma/qma2/mainmenu.htm

QMA2(クイズマジックアカデミー2)を遊んでみて。

やってることはウルトラクイズ。
えぇ、クイズですよ、クイズ。やることはクイズですよ。
できるだけ早く正解すればするほど、高得点です。
で、その得点をネット上の人間と競うわけです。

だから、このゲームは古びません。
クイズだからこそ、このゲームは古びません。
いや、問題や絵や音楽を入れ替えたりする必要がありますが。

ゲーセンって、マニアばっかりで死んだゲームばっかりだったのですが、
このゲームはマニアじゃなくても入っていけますね。
新規参入者を喜んで迎え入れるといったシステムが確立しています。

また、ゲームマニアにとっても、全国ネットランキングなので、
かなり燃えるものが予想されます。
それこそ、ウルトラクイズに出るような奴は燃えに燃えるでしょう。

つまり、ゲーム自体はクイズなので、シンプルで面白い。
さらに、熾烈で厳しい戦いも味わうことができます。
まぁ、幅は広くて、奥が深いゲームということですよ。
その意味で、このゲームがヒットするのは保証されてますね。

 アクアの日誌の話。8 (2005/9/23)

構想期間は数年、実際の作業製作期間は1年半のゲームがもうじき完成します。
ここまでの道のりは長かったような、短かったような不思議な感覚です。
思い返してみれば、あっという間の出来事だったような気がします。

このゲームにはデザイン面において私の考えや体験などが詰まっています。
言葉で説明すれば、1つ1つ説明できる意味のあるものになっています。

このゲームはあくまでゲームです。しかし、現実とも繋がっています。
このゲームを完全に理解できたのなら、人生にも応用できるでしょう。
その意味で、このゲームは人生を追体験できるシリアスゲームです。

このゲームを遊んでくれた人が何かを感じ取って、
これからの人生に活かしてもらえたら幸いです。
そこらあたりのことは遊び手に任せるだけですね。

 レボリューションのコントローラー (2005/9/22)

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0922/kaigai214.htm

これなのだけども、手放しには褒められないかなと思います。

任天堂って昔っからこういうことやってるのですよね。
光線銃、ロボット、ハイパースコープ、バーチャルボーイなどなど。

多分、私の予測では、このコントローラーを使いこなせるのは
任天堂だけなんじゃないかなとか思っています。
他のソフトメーカーはついていけないよ、みたいな感じで。

ファミコンが勝利したのは他のサードが一斉に来たからですよ。
そのことを任天堂は忘れているというか、記憶していないような。
敗者が何故負け続けるのかというと、負けを分析できないからです。

と、ゲームマニアの私がレボリューションをけなしていますよ。
このコントローラーは新しいからこそ、私は否定しているのかも。
まぁ、様子見ですよ。ゲームはソフト次第ですし。

ただ、操作体系が新しくなれば、新しいゲームが出てくるのも事実です。
その意味で、任天堂がまた大きな波を作り出す可能性もあります。

 マーケティングはするな。 (2005/9/20)

パックマンの制作者の岩谷さんも言ってましたけど、
ゲーム製作でもマーケティングはしてはいけませんね。
なお、私の敬愛する本田宗一郎も同じことを言ってました。

多分、マーケティングをすると、こんな答えが返ってくるでしょう。
今までの概念からはみ出さないお坊ちゃんのような優等生のゲームが欲しいと。

しかし、こういうゲームってパワーに欠けるのですよね。
パワーに欠けるというのは、勢いや魅力が欠けるということです。
しかも、そのようなゲームを作るには並々ならない作業労力や資金や時間が必要です。
はっきりいって、このことは遊び手は必ずしも有能ではないことを意味します。

つまり、作り手は遊び手の言うがままの奴隷になってはいけないのです。
むしろ、作り手は遊び手に提案する商人や職人であるべきなのです。

また、遊び手は際限なくわがままなので、のさばらせておくといずれこう言うでしょう。
面白くて、美しくて、感動して、楽しくて、そして、無料のゲームが遊びたいと。

多分、そんなゲームが完成するのはかなり難しいことなのではないかなと。

 私のこだわり (2005/9/18)

私が強くこだわっているのは、ゲームの面白さだけですので、
グラフィックや音楽などで協力してくれる人とは相性がわりと良いのですよ。
何故なら、力の配分の関係上、あまりかち合わないから。

私は、全部を全部、自分一人では作っていきたくないですね。
まぁ、自分一人で作ると、自分の理想を追求できるのですが、
時間や労力がかかって仕方がないですから。
それに、気が合う人と何かの物事を実行するのは楽しいことですし。

 3分ゲーα (2005/9/17)

3分ゲーαのゲームを遊んでみて。
http://www.tkool.org/punge/index.html

一押しは、ねこぞり。
次点は、ダイビングキャッチとま〜ぶる++とぼでーがーど。

つか、遊んでいて、いらいらするゲームが多すぎ。
あと、文章で面白さを競うゲームも多かったような。

製作者、自分できちんと遊んでないだろ、って感触がしました。
もうちょっと、どのゲームも練りこんで欲しかったですね。

自分で何度もテストプレイをすることが大事ですよ。

 アクアの日誌の話。7 (2005/9/16)

製作状況はほぼ完成したといっていい状態になりました。
肩の荷が下りたなとホッと一息ついています。

で、早速、自分でテストプレイをしてみたのですが、
自分でもどうなるか予想がつかない展開でハラハラしました。
というか、自分自身の能力では、というか、人間の能力では、
どういう風に展開が転がってくるのか理解できないのですよね。

エンディングにたどりつくまでどうなるのかが
分からないゲームだからこそ、面白いゲームになったなと。

あと、個人的にスコアアタックが熱いですね。
どうやったら、点数が高くなるのか?
そういうことを頭の中で考えるのは非常に心地よいです。
思案→行動→結果→思案→・・・の良い循環ですね。

それと、このゲームは文字や数字のわりと多いゲームなのですが、
逆に、文字や数字が多いからこそ普遍的なゲームに仕上がったなと。
多分、私が過去に作ったゲームよりロングヒットします。
何故なら、このゲームは風化しないし、朽ちないからです。

超ゲームマニアの私ですから、ゲームバランスもかなり良好です。
商業ゲームでもなかなかできないものが実現できたのではないかと自負します。

と、むちゃくちゃ自分で褒めまくっていますが、
まったく問題がないわけでもありません。
まぁ、それは次回作の課題ということですね。

ただ、製作者である自分自身が満足し、納得できました。
だから、いいのです、他人から何を言われようとも。
わかる人がわかってくれればそれでいいのです。

 アイマスの話。9 (2005/9/14)

アイマスは私にとって恐怖のゲームです。

何故なら、私が遊びに行けば行くほど、
私のプロデュースするキャラは確実に死(引退)に近づくからです。

これって、例え話で言えば、
病気で入院している私の親族や知人に、私が見舞いに行けば行くほど、
その人が死に近づくという恐ろしい構図に非常に似ている気がします。

特に、自分の好きなキャラを選んだ場合はその恐怖が倍化します。
死という別れが強烈な衝撃を与えるわけなのですよ。

このゲーム、引退コンサートで泣き崩れる人がいるとか言いますが、
まさに、そういうことは容易に想像できます。
何故なら、遊び手が遊び手自身だけの体験を得ているからです。

というわけで、このゲームは悲しみを与える恐怖のゲームです。

しかし、悲しみは喜びにも転換する可能性もあります。
悲しみを乗り越えた者だけがその喜びを知るのでしょう。

 量より質 (2005/9/13)

質より量ではありません。
ゲームに限っては量より質になっています。

何故なら、ゲームはもう既に溢れかえっているからです。
これを打破するには、徹底的な質(品質)が必要です。

 ゲームの役割 (2005/9/12)

ゲームの役割ってのは、主に娯楽分野と芸術分野の2点があるかなと。

娯楽分野ってのは、ストレス解消、明日への活力みたいなものです。
言わば、実用的に、短期的に、必要とされているものです。

芸術分野ってのは、未来創生、文化的価値の創造みたいなものです。
言わば、空想的に、長期的に、必要とされているものです。

 組み合わせが命 (2005/9/11)

組み合わせが命と考えている今日この頃。

言うなれば、aCbっていう高校数学の奴です。
まぁ、順列のaPbとか階乗のP!も重要と考えていますが。

何故、そうなのかといえば、掛け算の手法だから。
圧倒的な自由度を作るにはこの方法しかありません。

さらに、組み合わせってのは、遊び手が自由に選べますからね。
『あなただけの』を実現する上で、これだけは欠かせません。

もちろん、この概念はアイマスにも組み込まれています。
つか、大ヒットゲームはこれがいつもあるような気もしたり。

 用語の力 (2005/9/10)

アイマスを遊んでいて思ったのですが、
新しいゲームは必ず、新しい用語を生み出しますね。

例えば、スト2なら、投げはめ、波動昇竜、待ちガイルなどです。
アイマスなら、ジェノサイド、フレッシュ、JAなどです。

つまりね、新しいゲームを作りたいなら、新しい用語を作ればいいのではないかなと。
もちろん、用語だけを作っても無駄なことですけどね。

用語ってのは何かシステム的なものを象徴として表します。
つまり、そこには何らかの新しいシステム(ルール)があるわけです。
つまり、新しいルールこそを作ればいいのではないかなと。

では、新しいルールを作るために必要なこととは?

 アクアの日誌の話。6 (2005/9/9)

もうそろそろ完成に近いのですが、これからが勝負といえます。
最後の詰めをきっちり行うことが非常に大事ですね。
特に、ゲームバランス関係の調整が重要だなと。

それと、テストプレイの時のアイデアを大切にしたいなと。
それはゲームを面白くするアイデアであることが多いですからね。
いくらゲームの設計書を前もって考えていたとしても、
設計書どおりにゲームを作って、それがクソゲーだと仕方ないですから。

というわけで、ギリギリまで粘る予定です。
もう嫌で嫌で仕方がないぐらいまで粘りたいですね。

アクアの日誌は2005年11月1日に完成予定です。

 普遍的なゲーム (2005/9/8)

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C9%E1%CA%D7%C5%AA&kind=jn

私が目指しているのは、普遍的なゲームです。
言わば、色褪せない、朽ちない、無くならない、
そんなゲームですね。

しかし、そんなゲームは化石のようなゲームかもしれません。
何しろ、風化しないようなゲームなのですから。
鮮明な記憶を持つようなゲームとは対照的かもしれません。

しかし、例えば、世界各国で大ヒットを飛ばした
スーパーマリオやテトリスやポケモンなどは
まさに、普遍的なゲームといえるでしょう。
世界各国、誰にでも、いつの時代でも楽しむことのできるゲームですから。

私からすれば、普遍的なゲームとは普遍的な真理を持つゲームです。
つまり、真理を持つゲームこそが遊びたいし、作りたいわけです。

 ゲーム製作で失敗する理由 (2005/9/7)

・リーダーがはっきりしてしない
・ご褒美と罰がはっきりしていない
・責任が明確になっていない
・期日が明確になっていない
・計画が明確になっていない
・評価する人が内部にいない
・情報交換率が悪い
・情熱がない、技術がない、資金がない、時間がない

 アイマスの話。3 (2005/9/6)

私からすると、アイマスは完璧に予想外のゲームでした。
まさか、ここからこれだけのゲームが出てくるとは思いませんでした。
その意味で、完全なる敗北といっていいでしょう。

が、別にそのことに対して怒りや憎悪が沸くわけでもありません。
むしろ、わいてくるのは、うれしいなという感覚ですね。
何故なら、私は面白いゲームを求めていたわけですから。

それに、他人が面白いゲームを作ってくれた方が私としては嬉しいです。
何故なら、私が作ることができるものなど、有限ですからね。
また、自分で作ると、最初からすべてを把握してしまうからです。

ゲームに夢中になっている記憶が1つ増えました。
そして、それは私にとってかけがえのないものです。

 ICOを遊んでみて。 (2005/9/4)

率直な感想として、まぁまぁ面白いじゃんというもの。
ただ、オープニングが長すぎでしたけどね。

ゲームのジャンルとしては、
アクションパズルアドベンチャーでしょうね。

プリンスオブペルシャに近いゲームだなと。
というか、女がいなければ、まさにそうかも。

まだ1時間ほどしか遊んでいませんが、
ぬるいゲームで、あまりゲームをしない人とか、
ゲームがあまり得意でない人に好まれそうなゲームだなと。

アクションにしても、パズルにしてもぬるいです。
でも、そこがいいのでしょうね。

私は1500円で買ったわけなので、
まぁ、ぜんぜんオッケーかなという範囲のものです。

つか、女がうっとおしいのと、カメラがちょっとまずいですね。
個人的には、女がいないゲームデザインの方が良かったなと。
なんか女々しいのですよ、心がワクワクしないし。
だけど、それがいい!っていう人もいるのは間違いないでしょう。

逆に良いなと思ったところは、
主人公の動きが軽くて、結構アクションが豊富なところ。
それと、転落死とかがあるところですね。
高いところから思いっきり落ちるのが大好きですね。

女の存在自体が、主人公の生命を現わしているのは、
ゲームデザインとしては面白いのですが、
展開が簡単に予想できてしまい、ちょっといまいちですね。

女がさらわれてもゲームオーバーにならずに、
それが多段分岐的にゲームが展開すれば面白いかなと。
まぁ、それは不可能に近いほど難しいでしょうね。

ゲーム自体は良作という範囲のものでしょう。
上手くまとまっていますが、システム的にパワーが足りない予感。
世間的に、評価される理由は分かりました。

 『テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ』を読んでみて。 (2005/9/3)

箇条書きで、良い点と悪い点を列記しておきます。

良い点
・いろいろな考えるネタがある。
・文学系の批評の仕方がわかる。
・小難しい用語を知ることができる。
・世の中のレベルを知ることができる

悪い点
・著者が何がいいたいのか明瞭ではない。
・書いていることが断片的で、細切れしている 。
・社会学と謳っておきながら、中身は文学批評。
・ゲームを測ろうとしている物差しに疑問がある。
・説得力がほとんどない、個人的意見が多すぎる。
・画像や文章や資料の引用が多すぎる、またその必要性を感じない。
・他人の理解をまったく求めていない文章構成。
・分析対象のゲームが著者の偏愛により構成されている。
・序論のわりにページ数が多すぎる、値段が高い。
・著者はゲームの歴史の流れをまったく理解していない。
・著者はゲームとは何たるかをまったく理解していない。

 自転車とゲームの関係 (2005/9/2)

自転車を運転する技術って一度身に付くと、忘れませんよね。
まぁ、忘れたとしても、乗っているうちにすぐ思い出すでしょう。

ゲームも一度覚えると、すぐに思い出せる、忘れないってのありますよね。
例えば、スーマリの1UPキノコの位置を完璧に覚えているという奴です。

この自転車とゲームの関係はなんなのかと。
それは運動機能的な分野で記憶しているのではないかと。
要するに、脳の運動をつかさどる脳幹で覚えているというものです。

何故、脳幹で覚えてしまうのか?
それは触覚を使うことに関係があるのではないかと。

自転車はハンドルを握って、操作しますよね。
ゲームもコントローラーを握って、操作しますよ。

操作するということは脳に影響を強く与えています。
このことをよくよく考えると、面白いゲームが作れそうです。

 リアルの極限 (2005/9/1)

リアルなグラフィックや設定などのゲームが面白い!と言う人が
数年前から増えているわけですが、私はそれに異議を唱えたいです。

例えばですよ、ゲームのリアル化が極限まで進んで、
人生をシミュレートするようなゲームができたとします。
いや、世界全体をシミュレートするようなゲームができたとします。

なんと、リアルと同じように、悪いことをすると逮捕されて、刑務所に入れられます。
なんと、リアルと同じように、いじめや暴力や不和を実体験することができます。
なんと、リアルと同じように、1ゲーム平均プレイ時間が80年かかります。
なんと、リアルと同じように、一度死ぬと復活できないような仕様になっています。

こんなゲームを遊びたいですか?

私としては、そんなゲームは遊びたくありません。
何故なら、もう既にリアルな人生があるわけですから。

ゲームはリアルな人生では体験できないことがあるからいいのです。
ゲームはリアルな人生では必要な労力や時間がかからないからいいのです。
ゲームはリアルな人生よりも楽しい場合があるからいいのです。

ゲームはリアルな人生でないからいいのです。

 アイドルマスターを遊んでみて。5 (2005/8/31)

アイドルマスターを遊んでみて。

真たん、かわいいよ。(*´Д`)
今日は4回オーディション受けて、すべて合格だったので、
ヒッジョーに気分がよかったですね。

1回目のプレイは何がなんやら分からずに、
すべてのオーディションで不合格になったのと対照的です。

オーディションのシステムって、下記の要素が含まれています。
・対戦システム、駆け引き
・情報隠匿システム
・操作は簡単、やることはわかりやすい
・効率的プレイ、最適戦略について
・一発逆転要素
・能力を鍛えた方が基本的に有利だが、必ずしもそうではない
・絶対的ゲームからの要素引継ぎ
・死のルール、罰の要素、ご褒美の要素
・ランダム要素、不確定要素
・カウントダウンシステム、有限時間制限

とまぁ、面白いゲームを作るうえで、重要な要素がちらほらあるのですよ。
だからこそ、アイドルマスターは面白いのです。

 ゲームの最大の特性 (2005/8/30)

ゲームの最大の特性は、失敗(ゲームオーバー)にあるのだと思います。
その意味で、失敗のないゲームはダメダメですね。

例えば、小説や漫画やアニメや映画で、バッドエンドな結末にするとします、
そうすると、読み手から明らかに不満の声が上がるでしょう。
だからこそ、ほとんどハッピーエンドにする他ないわけですよ。

しかし、ゲームなら、バッドエンド、つまり、失敗は許容できるのですよ。
逆に、失敗続きでありながら、最後に成功するということであれば、
まさに遊び手からすると、逆転満塁ホームランで歓喜することでしょう。
(逆に言えば、最後の最後でバッドエンドだけは許容できないのですが。例、カイの冒険)

ゲームを作る人はこのことを忘れすぎたのだと思います。
失敗があるからこそ、成功が嬉しいのです。
失敗がない成功など、嬉しくともなんともありません。

だからこそ、今の大部分の日本のゲームはダメなのです。

 感動とはさせられるものではなく、するもの (2005/8/29)

感動とはさせられるものではなく、するものですね。

そういう意味で、感動させられた『感動』は
私の中では感動ではありません。

感情が動かされたのが感動ではないですよ。
私の言葉でいえば、それはただの感情の変化です。
すなわち、時が過ぎれば、はかなく雲消霧散するものです。

感動とは、深く心の内に残るものです。
感動とは、個人的なもので、能動的なものです。

ゲームで感動させようとするのは私の本意ではありません。
感動するかどうかは、遊び手にすべてを委ねるだけです。

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B4%B6%C6%B0&kind=jn

 1対1の対応ではいけない。2 (2005/8/28)

1対1の対応ではいけない、と以前述べましたが、
では、具体的にはどういうことなのか。

それは、1つの行動が複数の意味を持つべきなのです。
具体的に言えば、王手飛車取りのようなことです。
1つの手で、王手でもあるし、飛車取りでもあるゲームです。

もちろん、1つの行動がもっと複数の意味を持つなら、
そのゲームはより素晴らしいものに仕上がることでしょう。

1つの行動が知らず知らずのうちに複数に派生していくこと、
これがインテリジェンスゲームデザインの肝かもしれません。

 ゲームの批評は何のために必要か? (2005/8/27)

ひひょう ―ひやう 0 【批評】

(名)スル
事物の善悪・優劣・是非などについて考え、評価すること。
「文芸―」「作品を―する」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C8%E3%C9%BE&kind=jn
/////////////////////////////

ゲームの批評って何のために必要なのでしょうか?

批評ってのは文字通り、批判と評価の2つを行うことですよね。
つまり、ゲームの悪いところと良いところを語ることですね。
(その意味で、悪いところだけでも良いところだけでも批評とは言わないでしょう。)

とりあえず、私が考えることを列記してみると、

1.ゲームの良いところと悪いところを分析して、次のゲームを作る時の参考にするため。
 ==ゲームの要素を分析するため
2.良いゲームを奨励して、悪いゲームを駆逐するため。
 ==ゲームのメディアを向上させるため

の2点でしょうかねぇ。

1.は作り手のための批評であり、
2.は遊び手のための批評です。

 作って楽しいと作って遊んで楽しいの差 (2005/8/26)

なんというか、ゲームを作るのが楽しいという人のゲームは
いまいち面白くないということが多いですね。
一通り完成させることで満足しきるからでしょうか。

なにか私の理想とは違うのですよね。
私の理想は、自分で作ったゲームを遊んで楽しいなのです。
自分の作ったゲームが楽しいからこそ、次へと発展していくのです。

だから、私の理想のゲームとゲームデザインは、
いかに作った自分でも楽しめるゲームを作るか?
ということに焦点を当てていきます。

作り手が楽しく遊んでいるゲームといないゲームはすぐ判別できますよ。
それはゲームを触った瞬間に感じてくるものです。

 1対1の対応ではいけない。 (2005/8/24)

ゲームは1対1の対応ではダメですね。
1対複数の対応が必要です。

言うなれば、自動販売機のようなゲームではダメです。
それはただの作業になっています。面白くありません。

では、どうすればいいかというと、
状況が変化する、常に自由度がある、確率による揺れ幅がある、
この3つでしょうかね、とりあえず思いつく範囲では。

 ゲーマーの分類 (2005/8/23)

ゲーマーをあえて分類してみます。

1.効率重視型ゲーマー
2.勝利重視型ゲーマー
3.体験重視型ゲーマー
4.物語重視型ゲーマー
5.交流重視型ゲーマー
6.記録重視型ゲーマー
7.解析重視型ゲーマー

これはゲーマーの分類をすることによって、
ゲーム自体の分類をしているような気がします。

 アイドルマスターを遊んでみて。3 (2005/8/22)

いや、別に遊びに行ったわけではないのだけど、
頭の中で考えたことをメモしておきます。

つか、このゲーム、使い回しが多いですね。
特にグラフィック関係が使い回しが多いです。
なお、これは褒め言葉です。

物理的な作業・労力に追われていると、ゲームって面白くならないのですよ。
何故なら、面白さとはそういうところから生まれてこないからです。

では、どういうところから生まれてくるのか?
それはTRY&ERROR、試行錯誤の繰り返しですね。
それと、じっくり考えて、練りこんだところから生まれてきます。
(少なくとも、これは私の経験則です。)

また、使いまわすことができないものって実はあまり価値がありません。
何故なら、使いまわせないものは何度も楽しむことができないからです。
名画、名曲、名文など、何でもいいですが、価値があるものは何度でも楽しめれるのです。

だから、何度でも楽しむことができるものをすこし作って、
何度も使いまわすのがゲームにとって優れた方策かなと。
アイドルマスターの絵って繰り返し使われていながらも、
それにあまり違和感を覚えないところが素晴らしいわけなのです。

 アイドルマスターを遊んでみて。2 (2005/8/21)

アイドルマスターを遊んでみて、いろいろと調べたり、考えてみました。

プレイ料金が高いのはやはり問題ですね。
しかし、筐体が800万円するという噂を聞きましたし。
100円だったら、ゲーセンの経営が成り立たないでしょう。
それに、お金の分だけ、わりと楽しめれるので、
さらにはゲームとして面白いので、許容範囲のものだと思います。

ただ、1回目のプレーで何をすれば良いのか分かりにくいのと、
1回目の料金が600円なのは改善すべきだと思います。
1回目のプレイが300円なら新規参入者も増えると思いますが。

しかし、家庭用ゲーム機に移植されて、安価で楽しめれるようになった日には、
この程度の盛り上がりの比ではないくらい盛り上がるかもしれません。

つか、まともにやってたら、むちゃくちゃ金を食いますね、このゲームは。
はやいところ、家庭用ゲーム機に移植をお願いしますよ。
いや、それは無理な話なのだろうけど。

 アイドルマスターを遊んでみて。 (2005/8/20)

アイドルマスターが私の中で来ているようだったので、遊びにいってみました。

ちらちらと他人のプレイするのを眺めていたのですが、
いまいち、どういうゲームか飲み込めずにとりあえずプレイ。

・・・・・ゲームを終えた時、日がとっぷり暮れてました。
やばいです、このゲーム、面白いです。(;´Д`)やばい。
アリ地獄にはまるかのような面白さの予感がします。

このゲームのジャンルは、ネットワーク対戦型育成シミュレーションです。
もうその時点で、私としては何か負けたという敗北感があります。

あと、このゲームは時間制ゲームになっていますね。
今までのような、STG、ACT、格ゲーとは違い、
成功しても、失敗してもゲームオーバーになります。

はっきりいって、この方が作り手にも遊び手にも良いですね。
作り手はそのゲームが面白ければ、多くの収益が見込めるでしょうし、
遊び手はそのプレイ時間を誰の邪魔をされることもなく、存分に遊べます。

言われてみると、確かにそうだなと思うのですが、
言われるまで誰もがやらなかった手法ですね。
だからこそ、このゲームは新しいのですよ。

 アクアの日誌の話。5 (2005/8/19)

アクアの日誌、大きな山場は越えたように思います。
あとは、ゲームの微調整が今後の製作のメインになってくるでしょう。

そこで、アクアの日誌のテストプレイヤーの方を募集します。

・面白いゲームが好きな方、KOCHI GAMESのゲームが好きな方
・育成シミュレーション系のゲームが好きな方
・ゲームの良いところ、悪いところを的確に分析できる方

そういう人に、テストプレイしてほしいなと考えています。
もし、テストプレイをやってみてもいいという方がいらっしゃれば、
こちらからご応募ください。心よりお待ちしています。

なお、テストプレイヤーの特典として、

・無料で完成版をプレゼント
・クレジットにテストプレイヤーとしてお名前を掲載

以上の特典を考えています。

 『新しい』よりも『面白い』を (2005/8/17)

『新しい』は私にはあまり必要ないと思っています。

『今までになかったゲーム! 』
『こんな新感覚のゲームははじめて!』
『まったく新しいゲームの登場! 』

という見出しのゲームは99%の確率で面白くないからです。

では、どういうのが私が良いと感じているのかといえば、
車のように、改良に改良をじっくり重ねたものです。
いわば、少しずつパワーアップしていくものが理想なわけですよ。

実際問題、私はドラクエ1よりドラクエ3の方が好きだし、
スーパーマリオ1よりスーパーマリオ3の方が好きだし、
ノーマルCIV3より拡張版CIV3の方が好きです。

普通の人から見れば、新しいかもしれませんが、
マニアの目から見れば、新しくともなんともないというのが多いですよね。
ただ、改良に改良を重ねて、洗練化されているだけのことです。
それを普通の人は新しいと呼ぶかもしれませんが。

ただ、大ヒットしたゲームって新しいゲームであることも多々あります。
テトリスなどは間違いなく、新しいゲームだったと断定できるしょう。
そういうゲームはゲーム全体を盛り上げるので、あればあると嬉しいのですけどね。

私は『新しい』よりも『面白い』を重視したいわけなのですよ。
もちろん、新しくて、面白いゲームが最も素晴らしいのですけどね。

 お盆の時期に考えた。 (2005/8/15)

お盆の時期に、ゲームやってて思ったのですが、
もうグラフィックや音楽でゲームを引っ張るのは無理です。
行き着くところまで行き着いたような気がします。

これ以上、ゲームが綺麗になったって、
おそらく、費用対効果が悪いし、無駄ですよ。
だから、こういうところで勝負すると負けます。

では、どういうところで勝負するのか?
それはアイデアでしょうね。
また、それはゲームデザインでしょう。

これからゲームデザインが重要になると思うのですけど、
ゲームデザイナーはプログラマーでもあるべきですね。
何故なら、他人には自分の意図は100%伝わらないからです。

プログラマーがゲームデザインを学ぶか、ゲームデザイナーがプログラムを学ぶか、
どっちでもいいですけど、とにかく両方こなせる必要があります。

 想像とイメージとワクワクドキドキ (2005/8/14)

想像とイメージとワクワクドキドキは繋がっているではないかと思ったり。

想像することで、イメージが固まります。
イメージが固まることで、ワクワクドキドキするのです。

想像で重要なのは、自然に発生させることです。
イメージで重要なのは、空想とか夢です。
ワクワクドキドキで重要なのは、心が温かくなったり、熱くなることです。

  『新しい』は新しくない。 (2005/8/13)

『新しい』は新しくないですね。

上記の文章をもっと詳しく説明するなら、
『新しいと宣伝しているもの』は実際問題として、新しくないことが多々ある、
ということです。

私が新しいと感じるものってのは、古くからあるものが組み合わさったものです。
何故、この組み合わせを気づかなかったのだろうか、というものです。
それか、他に比べて頭1つ抜けて、洗練化されているゲームですね。

例えば、スト2以前に、格闘ゲームがなかったといえば、そうではなく、
イーアルカンフー、カラテカ、スパルタンX、ケルナグール、ジョイメカファイト
などなど似たようなゲームはずっと昔からあったわけなのですよ。

新しい、新しいと叫んでみても、ゲームマニアの目は騙せませんよ。
また、必ずしも新しいことが面白いというわけでもありません。

 インテリジェントゲームデザイン (2005/8/12)

ゲームのしくみ委員会の新田さんには大変お世話になっています。
私がここまでやってこれたのも、少なからず新田さんのおかげでしょうね。

で、新田さんはエモーショナルゲームデザインを追及されているようですが、
私からすると、何かもやもやとしたしっくり来ないところがありました。
それをじっくり考えていたのですが、ようやく答えが見えてきました。

私が目指すのは、インテリジェントゲームデザインなのではないかということです。

インテリジェントという言葉の意味は、理知であり、理智です。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%CD%FD%C3%CE&kind=je&kwassist=0&mode=0&jn.x=19&jn.y=12
この理智という言葉は、感情というのと正反対な言葉なのですよ。
だからこそ、私にはこの言葉がしっくり来るのだろうなと。

しかし、このエモーショナルゲームデザインとインテリジェントゲームデザインは
対立する概念ではなく、相互補完する概念であると私は考えています。

例えて表現するなら、ある山を登頂するときのルートみたいなものです。
Aというルートの方がある人にとっては良いときもあるでしょうし、
Bというルートの方がある人にとっては良いときもあるでしょう。

そのAとBに当たるものが、エモーショナルであり、インテリジェントなわけです。
ある山を登頂するというのは、面白いゲームを作ることの比喩表現です。

まぁ、何で、インテリジェントゲームデザインなのかといえば、
理知が先に来て、面白いが実現されている節があるなと頭のどこかで感じているからです。
私のゲームの原体験が将棋だったことにも由来するかもしれません。

インテリジェントゲームデザインは剣術の流派みたいなものになるかもしれません。
つまり、私にとってそれは道であり、真理であり、ライフワークなわけです。

 洋ゲー万歳ではない。 (2005/8/11)

私は洋ゲー、海外産のゲームが好きという訳ではありません。
ただ、面白いゲームが好きなだけです。

日本のゲームが語るまでもなくつまらないから、
洋ゲーに仕方なく移っているだけです。

まぁ、洋ゲーのどこが嫌かといえば、発想や思想が嫌いです。
ぶっちゃけ、キリスト教の教えのゲームデザインが嫌いです。
無意識で作っているからこそ、キリスト教が出てくるわけですよ。

そして、キリスト教のどこが嫌いかといえば、二元論なところ。
0か1か、正義か悪か、味方か敵か、そういうところが大嫌いです。

例えばですね、ゲーム全般において、相手をぶち殺しますよね。
RTCWなんて、捕虜という概念はなく、ミンチにします。
UOでも、5体バラバラにする趣向があったりします。
AOEでも、敵国の住民は殲滅、虐殺をします。
CIVでも、大虐殺をする方がいいというゲームデザインになっています。

こういうのは非常に腹立たしく感じています。
まぁ、私が日本人であり、仏教側の人間だからでしょう。

洋ゲー万歳とかいってると、とんでもないことが起こる予感もします。
ゲームってのは文化そのものなので、注意しておかねばならないです。

 ゲームの定義 (2005/8/10)

ゲームらしいゲームを目指すのなら、ゲームの定義が必要です。
というわけで、私も私家版のゲームの定義を構築しておきます。

まぁ、何故に、ゲームの定義が必要かといえば、
ゲームの純度がものすごく低下していると感じているからです。
最近の日本のゲームが面白くないという主要因になっているなと。

では、ゲームの定義とは?

1.ゲームには相手が必要で、勝敗が必要。そして、勝つことが目的である。
2.ゲームとは仮想的出来事で、ディフォルメされた世界である
3.ゲームとは行動、規則、判定が束になったものである。
4.遊び手本人の行動が世界に影響を与える、そして、世界が動的に変化する
5.すべての意志決定に事前の情報、複数の自由度、異なる結果がある
6.意志決定が重層的に世界に積み重なる

何故そうなのかという、詳しい説明はここでは省略します。
私は上記の条件に1つも満たないものは、ゲームとして扱いません。

 絶対的な面白さのゲーム (2005/8/9)

インターネット、コミュニケーション、ネットゲームなどが
これからのゲームの主体になるといわれて、久しいですけど、
私は飽きてきました、というより、うんざりしてきました。

何故なら、一緒になって遊ぶ相手に不満があるからです。
インターネットにしろ、コミュニケーションにしろ、ネットゲームにしろ、
相手がダメだと、すべて台無しになることが多いからですね。

まぁ、そういうのは相対的なゲームと私は呼んでいるわけですが、
この相対的なゲームこそに失望の色を隠せないわけです。

例外的に、上手い人と上手い人が死力を尽くして、
紳士的に戦いあい、勝敗を競い合うとかは好きですね。
ただ、そういうのが現実には少ないのが、嫌になる原因です。

そういうわけで、私は絶対的な面白さのゲームに関心が移っています。
相対的な面白さのゲームは絶対的な面白さのゲームの上で成り立てば良いのです。
まずは、絶対的な面白さのゲームであることが重要なのです。

 PS2 バイスシティを遊んでみて。3 (2005/8/8)

最近はチート使いまくりですね、このゲーム。
防弾チョッキを買いに行ったり、武器を買いに行くのがめんどいからです。
何故なら、ロードが異常に時間がかかってしまうからです。
ロードが長いせいで、明らかにゲームの熱中性をそいでいます。

あと、主人公の操作性が絶望的に悪いですね。
敵の動きが凶悪な分だけ、その差が明らかになります。
また、敵のスクリプト制御も反則くさいので嫌になります。

それと、ゲームの視認性も絶望的に悪いですね。
敵がどこから現れているのか?どこから攻撃しているのか?
そういうのがぜんぜんわからないので、腹が立ちます。

それに、遠くに何があるのかがすぐにはっきりしないため、
事故ってしまうこと、道を間違えることがしばしばです。
遊んでいて、腹が立ちますね。

まぁ、面白いことは面白いのですが、問題が山積みです。
点数的には65点から70点というところでしょうか。
なんか移植したカプコンが悪いような気もしたりもします。

PC版GTA3の方が面白かったような気がします。
マップも分かりやすかったですしね。
まぁ、乗り物がいろいろあって、楽しいことは楽しいのですけど。

 自己と他者の満足。 (2005/8/7)

アートとは自分自身の満足のための活動であり、
ビジネスとは顧客自身の満足のための活動であり、
両者は対極に位置するってマネックス社長の松本大がいってました。

確かに、芸術ってのはある意味、自己満足かもしれませんね。
でも、他者を満足させる芸術ってものもあると思うのですよ。

絵や音楽で他者を満足させることがあるのならば、
ゲームでも他者を満足させることは絶対に可能です。

まぁ、この際、芸術とか、そうでないとか、どうでもいいのですよ。
そんなものは上っ面に過ぎない実体のないものですから。

つまり、いかに自己満足をし、他者を満足させるか?ってのが問題なのです。
自己満足だけでも、他者満足だけでも、私からすると納得できない様な気がします。

自己と他者が満足してこそ、そのゲームに価値があるのではないかなと。

 アクアの日誌の話。4 (2005/8/6)

頂上が見えてきました、もうすぐ完成です。
あとは、バランス調整、体裁を整えるなどのゲームの微調整が
今後の中心的な作業になってくるでしょう。あと一息です。
いや、ここが最後の最後の非常に重要な部分なのですけどね。

しかし、このゲームが現実のものになるのは長い道程が必要でした。
私がこのゲームの素案を思いついたのは、3年ぐらい前のことですね。
具体的な作業に取り掛かって、1年ぐらいですから、構想自体が長いです。

前にも話しましたが、アクアの日誌の元になった部分は、
プリメ2やときメモなどまでさかのぼりますから、
それを考えると、このゲームの完成には10年必要だったともいえます。
我ながら、ゲームにかける執念と情熱は凄まじいものがあります。

また、原作、グラフィック担当のSIKIさんの
このアクアに対する思い入れや情熱も凄まじいのですよ。
私がWEBのアクアの日誌をはじめて見たときが、5年以上前のことですから、
一体、アクアというキャラは何年存在しているのかわからないくらいなのです。

私はこのくらい情熱や才能がある人と何かをやってみたいわけですよ。
何故なら、それは私にとって嬉しいことであり、喜びだからです。
生きる意義といってもいいかもしれません。

もうそろそろテストプレイヤーを募集したいと考えていますので、
やる気のある方がいれば、是非、参加してください。心よりお待ちしています。

 ロングヒットの条件2 (2005/8/5)

最近、数週間程度で完璧に消費されてしまうゲームが多いですが、
何故に、こんなにも短期間で消費されつくされてしまうのか?

それはやはりインターネットの発達によって
遊び手の情報交換率が急激に上がったからでしょうね。
発売から数日でほぼクリアまでの過程が公開されるわけですから。

つまり、ロングヒットを狙おうとも、今までの作り方ではダメなわけです。
では、どうすればいいのか?

1つに、そんなに簡単にクリアさせないという方法が考えられます。
しかし、この方法は一般の人や初心者の人を敬遠させてしまう原因になります。
だから、私としてはこの方法はあまりオススメできません。

もう1つに、クリアすることだけに価値を置かなければいいのです。
いうなれば、クリアという価値以外の新しい価値の創出に努めるわけです。

ニンテンドッグズとか、東北大の教授のゲームとか、明らかにこの道を進んでいます。
しかし、これはゲームがゲームでなくなる可能性もあるので、微妙な面もあります。

私が一番に考えている方法とは、クリアに価値を置くのではなく、
自分のプレイ体験に価値を置くという方法ですね。
自分のプレイ体験の上でクリアできるかどうかにすればいいと思うのです。
この方法は口コミも呼ぶ可能性を秘めているので、一番いいのではないかなと。

結局、ゲームに必要なのは、自分だけのプレイ体験かなと思うわけです。
これさえあれば、ロングヒットに繋がるのではないかと考えています。

では、自分だけのプレイ体験とは?
さらに、自分だけのプレイ体験をどうやって産み出すのか?

 下敷き (2005/8/5)

不思議の海のナディアっていうテレビ番組がありますけど、
これって長年、ファンの間で語り継がれていますよね。
ロングヒットした番組といってもいいでしょう。

では、何故、ロングヒットしたのか?

理由のひとつとして、この番組の原作である
ジュールベルヌの海底二万マイルが傑作だったからでしょう。
つまり、原作という下敷きがよかったからです。

ゲームでもこの手は使えますね。

 ネタの枯渇 (2005/8/4)

思うに、ゲームを止める瞬間に何が起こっているのかといえば、
そのゲームが提供するネタが枯渇してしまっているのではないかと。

つまり、ずっと遊んでいられるゲームにしたいのならば、
ネタが枯渇しないゲームにすればいいわけで。

さて、ネタが枯渇しないゲームとは、一体どんなゲームでしょうか?

 かわいいキャラの条件 (2005/8/3)

以前にも、このゲーム徒然草で何度か話題に上がっていますが、
かわいいキャラの条件とは。

・頭身が低い(二頭身ぐらいがベスト?)
・身長に比べて、手と足が短い
・全般的に丸い、突起物はないほうが良い
・目と口と鼻が近い位置にある
・暖色系の方が心が休まる
・細かい要素ではなく、大雑把な要素で構成されている

アンパンマンやドラえもんやたこるくんやOH!くんに共通する要素ですね。

ゲームは一方的にリアルに向かってますけど、
そういうリアルの発想では、かわいいキャラは無理ですね。
よって、女性の人気も取り込めないでしょう。

 太閤立志伝5を遊んでみて。2 (2005/8/2)

このゲーム、単純作業が多すぎですね。
腱鞘炎になるぐらいマウスクリックする必要があるのはどうなのかと。
しかも、大部分が意味ないと感じさせるものばかりなのですよ。

史実どおりに動かさないと、イベントのご褒美がないし、
史実どおりに動かしたら、それはそれでつまらないという。
非常にジレンマを抱えたままですね。

あと、海賊プレイや商人プレイや茶人プレイめんどかったりします。
このゲームに大きな可能性を感じながらも、
多分、光栄だとこの欠点を直すことができないのだろうなと。

もう量はいいのですよ。
食べれる量は決まっているのだから、
一定量でどれだけ満足できるかが勝負なわけですよ。

大量の水で薄めたまずいカルピスはいらないです。
適度な濃さのすっきりした美味しいカルピスを飲みたいわけで。

 太閤立志伝5を遊んでみて。 (2005/8/1)

太閤立志伝5を遊んでいたら、もう8月になってしまいました。
このゲームを遊んでいると、時間が経つのが早いですね。

4に比べて、そんなには変わってないなというのが第一印象です。
信長の戦国群雄伝とか、三国志2みたいな戦闘シーンが一番の変更点でしょうか。
光栄の総決算みたいな感じで、これはこれで楽しいです。

しかし、日本のSLGも歩みをやめたままの気がします。
同じことを何度も何度も繰り返して、ぐるぐる回っているだけですね。
いい加減、光栄のSLGには腹が立ってきて、業を煮やし始めています。

 宮本茂氏と遠藤雅伸氏 (2005/7/31)

宮本氏はみんなが面白いゲームを作りたいと願っているように感じます。

遠藤氏は自分が面白いゲームを作りたいと願っているように感じます。

共通する点は、2人とも心底ゲームが好きってことでしょうね。

だからこそ、今だ現役のままの偉大な人なのでしょう。

私はどちらかといえば、遠藤氏寄りで、自分が面白いゲームを作りたいと考えています。

自分が遊んで面白くないゲームは価値がないとすら最近思っています。

しかし、みんなが面白いというゲームもいいかなとも思っています。

自分が面白いと思ったうえで、みんなにも面白いと思ってもらえるゲームですね。

 絶対的な面白さとは。 (2005/7/30)

シングルプレイ(一人用)ゲームの面白さのことを
私は絶対的な面白さと呼びました。

では、何故、『絶対』という言葉を使ったのかといえば、
他人と比較しない・他人の影響を受けないゲームだからです。

絶対的な面白さを例えて表現するなら、テストの点数ですね。
0点から始まって、100点で終わる数値のものです。
100点を取ることが最上の評価を与えるものですね。

相対的な面白さを例えて表現するなら、テストの偏差値です。
100点をとっても必ずしも評価はいいとは限らないものです。
相対的な面白さとはマルチプレイゲームの面白さなわけです。

私は絶対的な面白さの上に、相対的な面白さが成り立つべきだと考えます。
いわば、シングルゲームが面白い上で、マルチプレイが面白くあるべきなのです。

大ヒットしたゲームって、上記の条件が成立していることが多いですよ。
例えば、テトリス、マリオカート、スト2、ボンバーマンなどそうです。
まずは、一人で遊んでも楽しい、これが目標ですね。

 空想とは。 (2005/7/29)

くうそう ―さう 0 【空想】
(名)スル
(1)現実にはありそうにもないことをあれこれ頭の中で想像すること。
「―にふける」「未来の生活を―する」
[哲学字彙(三版)]
(2)〔仏〕「空見(くうけん)」に同じ。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B6%F5%C1%DB&kind=jn
----------------------------------------
空想とは何かを考えるに、
空想とは夢ですね。

ドラえもんの主題歌で
『あんなこといいな、できたらいいな』
と歌っていますが、まさにそれです。

空想とは、『〜だったらいいな』という夢なのです。

最近のゲームでドキドキワクワクしないのは、
夢のないゲームばかりだからかもしれません。

では、夢とは何か?
また、どんな夢であればいいのか?

 絶対的な面白さと相対的な面白さ。 (2005/7/28)

ゲームには絶対的な面白さと相対的な面白さがあるなと思います。

かいつまんで、分かりやすくいうなれば、
絶対的な面白さとは、シングルプレイの面白さで、
相対的な面白さとは、マルチプレイの面白さですね。

つまり、マルチプレイだけがゲームの面白さの本質ではないということです。

マルチプレーは自分にあう相手がいないとまったく面白くないですし、
ダメな人がゲームを台無しにするときもありますし、
自分が好きなときに遊べなかったりしますし、
マルチプレイなりの問題を抱えているわけです。

そういうわけで、とりあえず絶対的な面白さの
シングルプレイのゲームを考えていこうかなとか思っています。

絶対的な面白さとは何か?ということです。
----------------------------------------
シングルプレイ・・・一人用ゲーム
マルチプレイ・・・・複数人用ゲーム

 無駄を削ぎ落とせ (2005/7/27)

何度も何度もいっているように、
無駄を削ぎ落とすことが非常に大事です。

ゲーム製作で10の要素を作った場合、
10の要素のゲームのままのゲームは駄作です。
8の要素まで削ぎ落としたゲームは凡作です。
5の要素まで削ぎ落としたゲームは良作です。
1の要素まで削ぎ落としたゲームは名作です。
0の要素になってしまったゲームは設計ミスです。

いや、真に受けてもらっても困りますけど。
まぁ、作っては壊すのが大事なわけですよ。

 第6回3分ゲーコンテスト (2005/7/25)

遅ればせながら、3分ゲーコンテストのゲームをプレイしてみました。
http://saka.ave2.jp/3/index.html

聖徳太子in現代
CANNON CAT
ゴメスラッシュ
の3つがいいなと思いました。

聖徳太子in現代はコミカルの中にシリアスで、
今まであまりなかったシリアスゲーム路線がグッドです。
それと、忙しいゲームデザインも秀逸ですね。

一位のキャノンキャットって、アストロロボササですね。
それがスクロール制になって、難易度を落とした感じです。
ぜんぜん新しくないゲームですが、それが一位を取るということは、
多くの人は新しいゲームを望んでいないなと思うわけで。

ゴメスラッシュはふつーに面白いですね。
これも忙しいゲームデザインで、良好です。
ただ前置きの文章が長いのが、残念な点です。

 ロングヒットの条件 (2005/7/24)

私は数ヶ月で、数週間で話題にならなくなるゲームに興味ありません。
私が興味があるのは、歴史に残るような傑作の面白いゲームです。

そういった意味で、私が望むゲームとはロングヒットするゲームなのでしょう。

では、どうやってロングヒットするゲームを作るのか?
また、ロングヒットするゲームの条件とは?共通点とは?

 AM (2005/7/23)

アンディーメンテの中の人は天才なのではないかと思う今日この頃。
意図や意味は全くわかりませんが、何か胸をえぐるようなものを
病的に生み出している様子は、恐怖と畏怖に近い感情が湧き上がります。
少なくとも、私には絶対真似ができない領域の行為を行っていますね。

また、それが迫真の真実をさらけ出している姿に見えるので、
アーティスト(芸術家)という名にふさわしい存在のような気がします。

ここのばかばかばかの魔法ってのがものすごいですね。
プロの曲よりもはるかにインパクトのある歌です。
道を歩いていたら、不意にナイフで刺されたという印象さえあります。

私からすると、ただただ泣きそうな笑いがこみ上げてくる歌です。

 アクアの日誌の話。3 (2005/7/22)

アクアの日誌はシリアスゲームです。
ゲームデザインとして、遊んでくれた人の役に立つように設計されています。
もっとも、数学や物理の公式などが出るわけではないのですけどね。

おそらく、中学生や高校生の方には特に役に立つでしょう。
どこぞの参考書を1冊買うよりもためになること請け合いです。
また、受験関係の書籍を買うよりも遥かに優れた効果を持つと自信を持っています。

しかし、現実とゲームを混同してもらっても困ります。
ゲームはゲームで、仮想的なもの、空想的なものです。
アクアの日誌はシリアスゲームであり、かつ、ゲームであるのです。

ゲームであるのだから、面白いということが最優先課題なわけです。

 4つの問題 (2005/7/21)

最近の日本のゲームで問題なのは、下記の4点と私は考えます。

・時間を浪費しすぎる
・めんどくさい
・役に立たない
・面白くない

この4点を解決しない限り、ゲームの復権はないでしょうね。
逆に言えば、この4点さえ解決すればかなりましになるわけで。

なお、ゲームのボリュームが大幅に増えたおかげで、
時間を浪費し、めんどくさくなり、面白くなくなる、
という負の循環が繰り返されていると感じています。

 SPY製作回想録 (2005/7/18)

SPY製作回想録が面白い。
http://www.k3.dion.ne.jp/~kfactory/
なお、ちょうど完結したようですね。

しかし、このくらい根性入っていれば、プラチナ賞を取れるということですか。
ゲームコンテストで賞を狙っている方は一度読んでおくことをオススメしますよ。

あまり関係ない話ですが、コウさんの絵はいいですね。
個人的には、女の絵より男の絵の方が好きですね。
自分自身が絵の中にあるからこそ価値があるといえるでしょう。

 名作とは (2005/7/17)

http://www.itmedia.co.jp/games/articles/0507/12/news046.html
名作とは10年以上残っているゲームですね。
20年残ったドルアーガは名作中の名作でしょう。

 ゲーセンに行った。 (2005/7/15)

ゲーセンに行ったので、見てきたことをつらつらと。

1.メダルゲームが異常に増えてた。
2.女子高生がKOFやってた。
3.サラリーマンがスーパーマリオ1をやっていた。
4.三国志大戦などのネットゲーが増えてた。
5.女性の比率が高かった。

そして、ゲーセンに行ったことで感じたことをつらつらと。

A.手軽にスカッと楽しく遊べるゲームを作れ。
B.ど素人でも楽しく遊べるゲームを作れ。
C.プラスアルファのおまけがあるゲームを作れ。

 アクアの日誌の話。2 (2005/7/15)

私はアクアの日誌をごそごそと作っているわけですが、
このゲームには作る前から目標がありました。
その目標とは、作り手でも遊んで面白いゲームです。

大体のゲームって作り手はあんまり楽しめないのですよ。
特に、RPGやADVなんかは面白くありませんね。

その作り手の『面白くないな』という感覚はダメなのですよ。
というのは、その感覚がゲーム自体に染み込んでしまうからです。

まぁ、そんなこんなで完成までもう一息になりましたが、
作り手でも楽しめるゲームに仕上がってきたなと感じています。
私としては、目標を達成できつつあることが嬉しいです。

 空想だから面白い。 (2005/7/13)

海底二万マイルや指輪物語や鉄腕アトムやドラえもんを
誰かがでっち上げた架空の空想話だから面白くない!
とかいうと、おそらくすぐに周りから反論されるでしょう。

空想っていうのは面白いことなのですよ。
何故なら、今という現実ではありえないからです。

レオナルドダビンチが夢想したヘリコプターも
ジュールベルヌの海底二万マイルで出てくる潜水艦も
ツィオルコフスキーが宇宙に行くため考案したロケットも
全部空想から生まれて、現実になりました。

だからこそ、空想には価値があります。
その意味で空想を与えるゲームこそが面白いですね。

 荷がひとつ下りた (2005/7/12)

ゲーム解体新書1と2、ようやくバージョンアップ完了。
作業本編は4月ぐらいで終わってたような気がしますが、
なんやかんやで、かなーり時間を食ってしまいました。
とまぁ、ひとまずひとつ荷が降りて、ホッと一息。

あとは、ゲーム作って、もう一冊同人誌書いて、
んで、さらにサイトリニューアルで、新しいゲームに着手かな。

できるかどうかは謎ですが、頭の中はこんな感じの予定。

 ゲームの価値を考える。 (2005/7/11)

かち 1 【価値】

(1)物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。値打ち。有用性。
「―ある品物」「―を損なう」「言及する―もない」
〔幕末までは「価直(かちよく)」が用いられた〕
(2)〔哲〕 善きもの・望ましいものとして認め、その実現を期待するもの。内在的なもの・手段的なものなどにわかれるが、特に、真・善・美など、普遍妥当性をもった理想的・絶対的価値をいう。
(3)〔経〕 商品の価格の背後にあって、それを規定しているもの。その本質・源泉のとらえ方によって客観価値説(労働価値説)と主観価値説(効用価値説)とが対立する。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B2%C1%C3%CD&kind=jn
------------------------------------------
最近のゲームが面白くないなと思う理由のひとつに、
ゲームの価値が明らかに下落したことが挙げられます。

何故、価値が落ちたかといえば、
需要と供給の経済的なものはあるでしょう。
要するに、ゲームソフトの数が格段に増えたからです。

しかしながら、ゲーム自体の価値も下落したと感じます。
それは上記の辞書の引用の1と2に当たるものです。
いわば、ゲームの有用性とイデアがなくなったことです。

需要と供給は私からすると、どうすることもできません。
しかし、1と2に対することなら何とかできます。

ゲームの価値を高めることが絶対に必要です。
キーワードは有用性とイデアです。

 20世紀最高の芸術 (2005/7/10)

20世紀最高の芸術といえば、ゲームか漫画になるのだろうなと思う。
いや、最高っていうのは個人的な度合いに過ぎないのだけども。

江戸時代の浮世絵にしても、あれは大衆娯楽だったわけですよ。
それが西洋に渡って、ゴッホとかに影響を与えたりしました。

ゲームもまたしかり。
ゲームも大衆娯楽で、マリオやポケモンは世界各国に渡って、
海外の人に多大なる影響を与えているのもまた事実でしょう。

 ゲームとシミュレーター (2005/7/8)

ヴァイスシティとエースコンバット5を買ってきたわけですが、
エースコンバットの方をほったらかしにして、ヴァイスシティを遊んでいます。

つか、私はシミュレーターはどうも熱中できませんね。
電車でGO!しかり、グランツーリスモしかり、エースコンバットしかり。

何故かというと、リアルがぜんぜん面白くないわけです。
リアルに縛られて、ゲームの仮想空間を楽しめないわけです。

そんなことをするより、仮想空間で通行人をひき殺したり、
ヘリを操作して、ヘリの羽根で敵キャラを切り刻んだり、
バイクのスタントで川を飛び越えたりする方が楽しいのです。

ゲームってのは現実ではありえないから面白いのです。
現実でありえることをゲームでやっても面白くないですね。

昔のゲームが面白かったのも、ゲームがゲームだったからでしょう。

 PS2 バイスシティを遊んでみて。2 (2005/7/7)

このゲームの何が楽しいかといえば、
車に乗って、バイクと思いっきり正面衝突して、
ライダーもろともバイクを弾き飛ばすのが面白いですね。

理由としては、
・物理挙動が面白い
・現実ではできないから面白い。
ですかね。

物理挙動が面白いというのは、数学的美しさを感じるからでしょうか。
個人的に物理は好きなので、なんとなく嬉しさがこみ上げるというか。

現実ではできないから面白いというのは、仮想現実空間で
ストレスを発散することができて、面白いのでしょう。

つか、このゲーム、全般的に難易度が前より高くなっているような。
チートを使わないとやってられないというミッションがちらほらあるのですが。
GTA3を80点とするなら、今作は70点ぐらいでしょうか。

あと、やっぱりどこでもセーブが欲しいですね。
1つのミッションで何回も失敗を繰り返したやつがありますし。

それと、ヘリコプターとかの乗り物の操作が面白いですね。
やっぱり、乗り物の操作が面白いところがいいですよ。
男の子のゲームだなと嬉しく感じますよ。

 理想のゲームデザイン (2005/7/7)

私の理想のゲームデザインは、もうどこも変える部分がないという設計です。
いわば、足すこともできないし、引くこともできないし、改良することもできない設計です。

簡単に言えば、無駄のない美しい知的な構造設計といえるでしょう。
具体例を挙げれば、将棋というゲームは私の理想のゲームデザインでしょう。

私は新しいジャンルのゲームを作ることにあまり乗り気ではないのですが、
その理由として、ACTでもSTGでもSLGでもRPGでも、
まだまだぜんぜん完成していないし、洗練化もされていないと認識しているからです。

新しいジャンルを作る前に、やることがあるだろうという立場です。
すぐに、新しいジャンルを求めてしまうような人は、
私としては何か心から賛同できないわけですよ。

いわば、ありえない救世主や奇跡にすがる人間に見えるわけです。
地道に努力して、豊かなものを産み出そうとする気概がないように見えるのです。

 ゲームの広告 (2005/7/6)

ゲームの広告で有名人や芸能人を使うのはやめてくれ。
ゲーム好きとしては、何か見てて辛いわけなのですよ。

それはゲーム自体よりも有名人や芸能人の方に価値があるのか?
という疑問が背中の裏から沸き起こるからです。
つまり、ゲーム自体の価値の存亡に関わるものなのです。

ゲームの広告はゲーム本編を広告しろと。
有名人や芸能人で売り込もうとするのはやめてくれ。
ゲームはゲームで勝負してくれと。

 BattleField2Demoを遊んでみて。 (2005/7/5)

確かに、FPSの進化ゲーというのは理解できます。
3D空間の次は、それを自在に移動できる乗り物の登場なのでしょう。
しかし、何かゲームとして微妙な雰囲気を個人的に感じました。

お祭りゲーみたいな感じで、一発でかい花火を打ち上げるかー、
というような大雑把感をどこかで感じるのですよね。
要するに、これは頭の悪いゲームだなと。

しかし、頭の悪いゲームなのですけど、パワーを感じます。
パワーを感じるとは、勢いを感じるといってもいいでしょうか。
頭が悪いゆえに、パワーを感じるのですよ。(重要です。)

このゲームを遊ぶとアメリカ人ってバカだなーと痛感します。
パワーとでかさと頭の悪さがゲームの奥に染み込んでいます。

もうちょっと繊細さとか心遣いのあるゲームが私は好きなのかもしれません。

 ゲーム伝説 (2005/7/4)

ゲーム伝説という名のおまけ付きお菓子が
お店で投売りされていたので、 私が責任を持って保護しました。
http://www.gamedensetsu.jp/

まるで捨て犬のような目で私を見ていたのですよね。
誰からも愛されず、誰からも必要とされず、
その姿に私は非常に心が痛んだからです。

8個買って、その内訳。
マッピーx0
ディグダグ2x1
ドルアーガの塔x2
モトスx2
グロブターx3

うおーーーーーーーーー、マッピーが欲しかったのにぃヽ(`Д´)ノ
神様のいじわるうううううううううううううヽ(`Д´)ノ

そして、誰も見ない私のドルアーガの10万点越えリプレイを
ここにこっそりアプしておきます。
将来、私が昔を懐かしむためのアイテムですね。

 自省 (2005/7/3)

VIDEOGAMEをテレビゲームに訳すなと激怒したのは、すこし反省。
確かに、ビデオゲームって言葉は日本人にあまり馴染みないですね。
まぁ、広義の意味ではなんとか許せる範囲のものかもしれないです。

しかし、ゲームウォッチとかアーケードゲームをも
テレビゲームと含めるとなると異常な違和感を覚えるわけで。
それと、アーケードゲームとかを切り捨てられた印象を強く覚えるわけで。

まぁ、私は最近の若い人の変な敬語に激怒するおっさんと立場が同じですね。
つまり、最近の若い者は・・・、という話に行き着くわけです。

 Video Game Baton (2005/7/2)

『Video Game Baton』という名のチェーンメール(?)が
sam113さんから回ってきたので、暇つぶし。

1.コンピュータに入ってるゲームファイルの容量

10G以上だと思いますが、容量を計算するのは勘弁。
基本的にずぼらなので、いれっぱなしです。

2.今進行中のテレビゲーム

PS2 GTAバイスシティ

3.最後に買ったテレビゲーム

PS2 GTAバイスシティ
PS2 エースコンバット5

4.よく遊ぶ、または特別な思い入れのある 5 作

Mr.Do!
DQ3
スト2
タクティクスオウガ
AOE

5.バトンを渡す5名

>これはれっきとしたチェーンメイルなのできちんと5人に渡さないと、ゲーム本体の中からなにかが飛び出てきて取り憑かれたりします。
>http://blog.livedoor.jp/parumo_zaeega/archives/25438896.html

やはり冗談とはいえ、不幸の手紙とまったく意図が変わりませんね。
チェーンメールはここで収束させます。

あと、訳者に一言いいたいのですが、Video Gameをテレビゲームと日本語訳するなと。
言葉一つで疎外感と排他感を強烈に受けたことをここに記しておきます。

発案者への抗議として、この文章はここに残しておきます。

 PS2 GTAバイスシティを遊んでみて。 (2005/7/1)

ゲームの感想として、
・操作しにくい、操作していていらいらする。
・セーブ、ロード時間がやたらと長い
・マップを覚えるのが大変
・銃とか使うのがめんどい(操作性悪いから)

とまぁ、PC版のGTA3よりも良くない印象がつらつらと。
うーん、大ヒット二作目はどうしてもこんな風になるのでしょうか。
バイクはいいんだけども、マジで死ねるからいやんなかんじ。

まぁ、序盤はこんな感じ。
------------------------------------------------
http://kyoichi.mods.jp/ps2/soft_04/act/vice.html
http://xboxmk2.moo.jp/review/act/gta.html

PS2版が何かおかしいのは、
PS2自体の性能の問題だろうか。
それとも、カプコンの問題だろうか。

X箱はロードと画像が問題解決されているようですが。

 何故、遊び手からゲームの量を求められるようになったか? (2005/6/29)

ゲームのボリュームの量が増えてから、ゲームは明らかにダメになりました。
ダメっていうのは、私の言葉で言うと、面白くなくなりました。

では、何故、遊び手からゲームの量を求められるようになったか?
それは複数回遊ぶことができないゲームが増えたからでしょう。
主に、RPGなんかがもろにそれに当てはまるかなと。

もし、ゲームを何度でも遊ぶことができるのなら、
ボリュームを遊び手が求めることはないと思うのですよ。

何故なら、何度も遊ぶことができるということは、
ゲームを末永く楽しめることができるのですから。

事実、スト2とかの格闘ゲームでボリューム不足とかは感じませんでしたし、
スーパーマリオのようなアクションゲームでもボリューム不足とは感じませんでした。

だから、大切なのは何度でも遊べるゲームの構造にすることです。
では、何度でも遊べるゲームとは?また、それを実行するための秘訣とは?

 売り上げではなく利益率 (2005/6/28)

ゲーム業界もね、売り上げではなく利益率を競うべきかなと思います。
今、雑誌やインターネットのメディアでも利益率を上げているところってないでしょ?
おそらく、利益率が高いところって任天堂だと思うのですよ。

例えばですね、100万本売れて利益が1億と、10万本売れて利益が1億では、
後者の方が10倍以上評価されてしかるべきなのです。

まぁ、総合的な利潤、経常利益も大事ですよ。
しかし、規模がでかくなればなるほど、変化に対応することが難しくなります。
これって長年やっていく上で(長期的に)考えると、かなり重大なことです。

まずは利益率を高めて、そのうえで経常利益の増大を目指すべきです。
では、どうやったら利益率を高めることができるのか?

 アクアの日誌の話。 (2005/6/27)

今、ごそごそと作っているゲームにアクアの日誌というのがありますが、
このゲームが激しく影響を受けているゲームの1つにときめもがあります。

10年前ぐらいのことですか、ときめも1がPSで大流行したのは。
はっきりいって、その頃からときめもはこう進化してほしいと思っていた、
いわば、私の理想のゲームデザインというのがあったのですよ。

しかし、その希望はまったく叶えられず、ときめもの続編を見て、
もう他人を当てにするのはアホだなと思い至ったわけです。
結局、自分の希望は自分で何とかする以外にないのですよね。

まぁ、影響を受けたゲームはときめもだけではありませんけどね。
わりと名だたる育成シミュレーションゲームはやっているわけですから。
というか、流行したSLGはほとんどやっているかもしれません。

アクアの日誌は私の10年目の復讐かもしれませんね。

 難易度の話。 (2005/6/26)

昨晩、C3Cで現人神で制覇勝利しましたよ。

つか、ゲームには難易度機能を必ず入れとけと。
そんなにも手間になるわけでもあるまいし、
多くの人を楽しませるためには絶対必要だなと。

 昔のゲームと今のゲーム。 (2005/6/25)

昔のゲームを今遊ぶと、面白くないとかよくいわれますけど、
私からすれば、それって本当なのかと疑いたくもなります。

昔のゲームが必ずしも面白いとは限りません。
今のゲームが必ずしも面白いとは限りません。

例えば、囲碁や将棋や麻雀やオセロやトランプは明らかに昔のゲームです。
これらのゲームを昔のゲームだから面白くないという論理は間違っています。
つまり、古いか新しいかで面白さを判断するのはむちゃくちゃです。

ビデオゲームを例に挙げるとしても、
WIZ1とWIZ6を比べてみた場合とか、
DQ3とDQ7を比べてみた場合とか、
私からすると、明らかに間違っているなと思うわけです。

まぁ、年をとった人ととってない人の差か、
昔のゲームを経験した人か、してない人かの差はあると思います。
また、昔のゲームを遊ぶのはなかなか難しいですし。

ただ、この暴論がまかり通っている現状を見て、
私は非常に不満というか、憎悪を抱いています。

思うに、私としては、面白さを計る指標を作ればいいのではないかと。
この胸の内に宿る憎悪は指標を作るエネルギーとしましょうか。

 文字のないゲーム2 (2005/6/24)

文字のないゲームが良いのではないかと、以前提起しましたが、
では、文字のないゲームとはどんなゲームでしょうか?

それは数式と数字のゲームでしょうね。
それは物理法則などのゲームといってもいいでしょう。

数式と数字のゲームは、ゲームでしか扱えないと思うのですよ。
いわば、ゲームだけの特化した能力だと思うのです。
もっというなら、ゲームだけでしか表現できない表現方法です。

例えば、インベーダーを文字で表現しても面白くないでしょう。
パックマンを文字で表現しても面白くないでしょう。
スーパーマリオを文字で表現しても面白くないでしょう。

ゲームだけの表現方法をすることによって
ゲームが再び力を取り戻すことができるかなと。

だからこそ、『ゲームだけの表現』とは何かを考える必要があります。

 文字のないゲーム (2005/6/23)

田尻智氏が文字のないゲーム、懐古主義のゲームを作ろうとして、
クィンティを作ったのはわりと有名な話ですが、
ゲームに文字が登場してから、ゲームのパワーが落ちたようにも思えます。

何故なら、文字はインタラクティブを阻害するからです。
それと、物量戦になると、ゲームを面白くするのが難しくなるからです。

というわけで、文字のないゲームを考案したいと考える今日この頃。
田尻氏と同じく、これは懐古主義のゲームを目指すものですね。
いや、新しいレトロゲームみたいなのを作りたいですが。

 ゲームのライバル (2005/6/22)

ゲームのライバルとは何か?
少なくとも、私にとってのゲームのライバルとは何か?

それは遊園地であり、ディズニーランドです。
それは非現実的な体験を得る場所といった意味でです。

 絵本と達成感 (2005/6/21)

ちょっと前、絵本が人気になりましたよね。
あれって、文字が少ない絵本だからこそ流行ったのではないかと。

いわば、すぐに一冊という本が読めてしまうことです。
そして、本を読んだなーっていう達成感が得られるからかなと。

ゲームもそういうのを作れば面白いかもしれませんね。
達成感がすぐに得られるゲームです。

 将棋について。 (2005/6/20)

将棋ってものすごい効率の高いゲームだと思います。

歩、香、桂、銀、金、角、飛、王の8種類の駒と
9x9=81のマスの盤面だけで勝負を争うゲームなのですから。

まずは駒が向きによって、味方と敵を表しているのが驚き。
この発想はかなりすごい効率を産み出しています。

あと、敵陣に入ると、駒が成るという概念。
さらに、捕らえた駒は再利用できるという概念。
はっきりいって、ここらへんは凄まじいですね。

ただ、将棋はランダム要素がないので初心者が入りにくいですね。
まぁ、プロが存在するためにはランダム要素は排除すべきなのでしょうか。

もうちょっと将棋は研究して、自分が作るゲームに取り入れたいものです。

 分岐に疑問 (2005/6/19)

なんか自分のサイトのフリーゲームのコンテンツを再構築する際に、
ふと思ったのですけど、ゲームに分岐って必要ですかね?

いや、分岐は必要ない!一本道でいい!
って意味じゃありませんよ。

わざわざ分岐と名の付くものが必要なのかと?
つまり、自分の行動一つ一つが分岐であるべきだなと。

将棋も麻雀もオセロも自分の行動一つ一つが分岐なわけで、
そういうゲームこそが正しいあり方ではないのかと。

だから、ある地点で分岐するゲームってダメじゃんと思ったり。
常に、自分の行動一つ一つで分岐していくべきなのです。

 伝説の勇者も革命の闘士も嫌い。 (2005/6/18)

伝説の勇者は嫌いです。
何故なら、自分の正当性しか認めてないから。
もっというなら、血統主義しか根拠がないから。

革命の闘士は嫌いです。
何故なら、自分の欲望のまま生きているから。
もっというなら、選民思想に毒されているから。

私はこの2つではどうしても不満です。
私はこの2つのどちらとも居心地が悪いです。

だからこそ、私のゲームが必要です。

 満腹にさせてはダメ (2005/6/18)

ゲームでも遊び手を満腹にさせてはダメですね。
もうちょっと食べたいな程度で終わる程度がいいのです。

もう動けないほど、満腹にさせてしまうゲームだと、
次のゲームに繋がらないこともありますし、
飽きるほど食べると、次にはもう食べたくなくなるからです。

まぁ、おなかいっぱい食べたい人もいるでしょうから、
そういう人には何度でも遊ぶことができるゲームの構造にすればいいのです。

では、何度でも遊ぶことのできるゲームの構造とは?

 支配と理解 (2005/6/17)

思うに、ゲームに飽きる瞬間、ゲームを止める瞬間に、
遊び手の中で一体何が起こっているのかといえば、
遊び手の支配と理解がゲームの世界に隅々に行き渡ったのではないかなと。

だから、長く遊べるゲーム、長年愛されるゲームとは、
支配と理解ができないゲームなのではないかと思います。

支配と理解が簡単にできるゲームはすぐに飽きますよね。
そんなゲームを遊んでいてもまったく価値はないでしょう。

そういえば、civ3も最高の難易度シドでクリアしたとき、
私のこのゲームに対する興味と関心も薄れましたしね。

 単純作業 (2005/6/15)

civ3とプチプチは似ていますね。
一度やり始めたら、最後までやってしまおうとするところがです。

両者とも単純作業なのだけども、何故か、面白いというか、
何故か、時間を忘れて熱中してしまうところがですね。

人間って単純作業が好きなのでしょうか。
そんな風にも思ったりもしました。

つまり、ゲームのどこかには単純作業も必要なのかなと。
テトリスもゲーム自体、単純作業といえば、単純作業のような。

 無い物ねだりをやめて。 (2005/6/14)

ゲームに限った話ではありませんが、無い物ねだりをやめて、
今、自分が持っているものを組み合わせて何かをしましょう。

まずは、自分が何を持っているかを認識することからですね。
まぁ、自己卑下する必要はないですよ、自慢はダメですけど。

限界の中で、やれるだけのことをやるのが重要なのですよ。

 心に残るゲーム (2005/6/12)

私は暇つぶしでゲームをやっているわけではないので、
『あぁ、面白かった』だけで終わるゲームではダメなのです。
つまり、遊んだ後も、心に何か残るゲームでないとダメなのです。

その心に残るってのは何なんでしょうかね。
やはりどこかで想像しえる部分がないとダメと言うことでしょうか。

例えば、ゲームのキャラがどこかに勝手に存在しているような気がするとか、
答えがいまいちでないような疑問を残すような感じにするとか、
遊び手の解釈の余地を残しておくようにするとか、
そういう工夫をやっておくべきなのでしょうね。

 電子遊戯黙示録 (2005/6/11)

mazdaさんのサイトのスタコライダー電子遊戯黙示録が非常に面白いです。
古くからのゲーム好きには是非見てもらいたい内容ですね。
正直、腹を抱えて大爆笑するところがたくさんある漫画だと思います。
それと、電子遊戯黙示録の単行本が出るようなので、
面白かったらチェックしておくのも良いと思いますよ。

KOCHI GAMESは勝手に『電子遊戯黙示録』を応援します。

 こういうゲームが欲しい (2005/6/9)

こういうゲームが欲しいというイメージをつらつらと。

・最適解がなかなか理解できないゲーム
・既存のゲームの不満を改良したゲーム
・遊び手が情報発信を行うことができるゲーム
・遊び手の何らかの役に立つゲーム
・そのゲームで何かができるゲーム
・何度も遊んでしまうゲーム
・わりと短い時間で楽しめるゲーム
・多くの人の話題になるゲーム

こんなとこでしょうか。

 リアルに縛られるな。 (2005/6/7)

リアル(現実)に縛られるな、と自戒を込めてここに書いておきます。

何故なら、リアルは面白いかどうかの保証がないからです。
ゲームにとっての最重要課題は、面白いか、面白くないかの話ですから。

いくら良くできているゲームでも面白くなければダメです。
私が最優先すべきなのは、『面白い』ということなのです。

 ゲーム体験 (2005/6/5)

ゲームで遊ぶということは遊園地で遊ぶようなものですね。
遊園地で楽しい体験をするように、ゲームで楽しい体験をするわけです。

だとするならば、遊び手一人一人の体験を重視すべきですよね。
遊び手一人一人に、楽しんで喜んでもらうことが大事なのです。

つまり、遊び手がそのゲームで一体どんな体験をするのか?
そういうことを念入りに設計することが非常に重要なのです。

まぁ、遊び手一人一人に楽しんでもらうことが作り手の腕の見せ所なわけですよ。

 世界に意味と影響を与える (2005/6/4)

私にとって、どんなゲームが理想なのかと言えば、
世界に意味と影響を与えるゲームが理想なのではないかと。
世界ってのは、現実の世界であり、ゲームの世界の両世界です。

例えば、ただ単に分岐するゲームでは、まだまだ不十分ですね。
それは世界に影響をまったく与えていないことを意味すると思います。
つまり、ある1つの行動があとの行動に影響を与えるゲームが望ましいのです。

また、遊び手の行動と意志決定で世界に意味と影響を与えるべきなのです。

 ゲームとは何か?2 (2005/6/3)

>ゲームとは何か? (2004/9/30)
>根源的な問題なのですが、ゲームとは何でしょうか?私としては、
>『ゲームとは規則、手段、目的が組み合わさった遊び手を楽しませる娯楽である。』
>と定義しておきたいと思います。
>なお、ここでの考えは現状のものですので、将来は変わる可能性があります。

いろいろとゲームとは何かと考えた末に、もう一度、新たに再定義しておきます。

『ゲームとは動的に変化する状況に随時対処しつつ、目的達成を目指す娯楽である。』

うーん、ずいぶん変わりましたね。でも、根本は変わってませんけど。
私の思考がより明確になったと喜ぶべきなのでしょうね。

 シルフェイド幻想譚を遊んでみて。 (2005/6/2)

シルフェイド幻想譚が面白い。

第一感想は、よくがんばって作ってるなーと言うものです。
ほとんどの素材を完全自作ってのは根性入ってるなと。
とりわけ戦闘システム、成長システムはかなり良いです。
敵の増援システムはとても新鮮な感覚で素晴らしいです。

ただなんか微妙に感じるところもあったりもします。
あまりドキドキワクワク感を感じないところでしょうか。
綺麗にまとまりすぎて、押しが弱いようにも思えます。
これは製作者の味とも呼べる部分かもしれませんね。

ただコンテストゲームでここまで作り上げたのは賞賛に値するでしょう。
シルフェイドという世界観が大好きな人は、はまること間違いないです。
個人的には、宝箱の中にとんでもないものが入っていたのが良かったです。
あと、武器防具などからほのかに昔のゲームの匂いを感じることができました。

 ゲーム箴言 (2005/6/1)

ざるの会のゲーム箴言が面白いですね。
ニーチェのアフォリズム(警句)みたいです。

>0019 電源を入れる前からゲームは始まっている。
個人的には、これがいいと感じました。

  時間対意志決定総数 (2005/5/31)

率直に、簡単に、単純に、面白いゲームかどうかの判定をする
判定式ってある程度できるのではないかと思ったり。
つまり、ある程度の精度の定義式を作れると思っているわけで。

それを定義式にすると、

単位時間当たり意志決定数==有用な意志決定の総数/単位時間
です。

『単位時間当たりの意志決定数』ってのは長いので、
新しい造語として、『時間対意志決定総数』とでもしますか。

『有用な』ってのはゲー解2の2章に書いているので省略。
まぁ、意味と情報が付与された意志決定のことです。

要するに、有用な意志決定の総数が時間当たりに多いゲームほど面白いって話です。
将棋やオセロや麻雀なんかよく当てはまると思いますよ、これは。

 現実と空想と。 (2005/5/30)

現実よりも空想の方が良いこともあったりしますよね。
時に現実は、凄惨だったり、残酷だったり、空虚だったりしますよ。
それが楽しいかと言われれば、そうではないなと思うこともあります。

まぁ、人間は現実のまま現実を生きているわけではないですからね。
例えば、100年前の現実なら、月に行くことなんて空想のことでしたし。
つまり、現実から空想をつむぎだす事で、空想を現実にすることも出来るのです。
それが人間の最大の特殊能力だと思ったりもします。

だから、現実から逃避してみて、空想するのも悪くない話だと思います。
そうじゃないと、この現実は何一つとして変わらないでしょうから。
なお、ゲームがその空想の扉となれば、これ幸いですね。

つまり、空想をして、現実を産み出す原動力となるゲームであれば、
そのゲームは価値あるゲームと呼べるでしょう。

簡単に言えば、漫画のドラえもんのようなゲームであれば、
そのゲームは素晴らしいと胸を張って言えるのではないでしょうか。

  PS2 真女神転生3を遊んでみて。8 (2005/5/29)

真女神転生3をクリアしました。ちなみに先生エンディングでした。

個人的に、非常に面白くて、大満足な出来のゲームでした。
100点満点で評価するなら、85点ですかね。
とても優秀なゲームだったと思います。オススメの一本です。

難を言うなら、仲魔の特殊能力を継承しにくいこと。
それと、仲魔を知らなきゃ出来ない組み合わせがあること。
しかし、以前のメガテンに比べて遥かにユーザーフレンドリーになっています。
今までのメガテンをやったことがない人でも十分遊べるレベルですね。

イベントキャラがちょっと多くて、感情移入がしにくかったのも残念。
なんかいきなり唐突すぎて、あっけにとられるのですよ。
5人ではなく、3人にして掘り下げた方が良かったのではないかなと。

ゲーム全般的にハイセンスでかっこよかったですね。
ポーズとか造形とか世界とか演出とか音楽などです。
これぞ長年のプロにしか出来ないゲームですよ、いやはや。
このゲームが3000円ほどで遊べるなら、ものすごいです。

 ゲームの定義 (2005/5/28)

何故、ゲームの力(影響力、波及力、中毒性など)が失われたかを考えるに、
やはり、ゲームがゲーム以外のものと組み合わさり、混合され、
ゲームの純度が落ちたことにあるのではないかと私は思い至りました。

では、これからどうすればいいのでしょうか?
それはもう一度、ゲームとは何かという定義をきっちりしておくことですね。
そして、ゲームの純度を高めていくことが再生への道でしょう。

そのようなことを考えるうえで、このサイトは非常に役に立ちますね。
ゲームを作る人は、一度は読んでおいても損はないかと思います。
そのうえで、自分なりのゲームの定義を考えてみると良いでしょう。

 死の緊張 (2005/5/25)

最近の日本のゲームがつまらなくなったと私が勝手に感じる理由の1つとして、
最近の日本のゲームには死の緊張がないからではないかなと。

私が子供の頃に遊んでいたゲームってバンバン死んでいたのですよ。
ACTでもSTGでもRPGでもADVでもSLGでもバンバン死んでました。

思うのですが、死の緊張ってのはリアルではあまり感じられないですよね。
つまり、リアルでそう何度も死の緊張を感じることは出来ないのです。
そういう経験をたくさんする人は確率的にすぐに向こうの世界に行きますからね。

実は、死の緊張というものはとんでもない快楽なのかもしれません。
だからこそ、多くの人がゲームで安全に死の緊張を楽しんでいるのかもしれません。

ゲームの中の出来事でも『あぁ!死んでしまう!』というのは、
ものすごく感情が高ぶる場面ですからね。

死の緊張とはゲームだからできることですね。
これはゲームだけの長所といえるでしょう。

 『おっ!?』 (2005/5/22)

『おっ!?』と言わせることがゲームには必要ですね。
この『おっ!?』があればあるほど、そのゲームは楽しくなるでしょう。

では、その『おっ!?』とはどういうことがあれば、出てくるでしょうか?
こうも考えられます、あなたが日常生活で感じる『おっ!?』とは何ですか?

そういう日常生活の感情の高まりの出来事からゲームを作るのも良いですね。

 テストプレイ論 (2005/5/21)

テストプレイは自分のゲームが嫌いになるぐらいまでやり続けましょう。

もし、何度やっても、苦にならず、むしろ楽しんでテストプレイができるのなら、
そのゲームは名作ゲームになっている可能性が高いです。

作り手自身が何度でも楽しめるゲーム、これが非常に重要です。

 自分だけの体験 (2005/5/20)

ゲームはもっと『自分だけの体験』を重視するべきだと私は思うのですよね。
ゲームに参加し、自分だけの体験が得られるのなら、そのゲームは価値があると思います。

『自分だけの』、『あなただけの』という、この言葉は非常に重要です。

『あなただけの』ポケモンを捕まえて、育て上げ、ポケモンリーグの優勝を目指してください。
とか言われると、なんか遊んでみようって気が起こりません?

 次世代ゲーム機 (2005/5/19)

PS3、XBOX360、レボリューションですが、
私はXBOX360に期待したいなと考えています。

HDDとネットワークは必須ですね。
あとはソフトの数と利便性とプラスアルファ。
XBOX360のゲームの大会思案は普通に面白いです。

私はプロ野球を観戦するのより、ゲームの試合を観戦するほうが好きです。
何故なら、ゲームの試合の方が面白いから。

プロ野球の観客動員数などを抜いてもらいたいものです。
また、十分に勝ち目のある戦いだと思いますしね。

ゲームはきっとまた黄金期を迎えますよ。

 メス化するゲーム (2005/5/18)

何で、日本のゲームが面白くなくなったかと言えば、
ゲームがメス化したのではないかと思ったりも。

簡単に言えば、男性的ゲームが減少し、女性的なゲームが増加したからかなと。

例えば、今のRPGなんて『おままごと』のようなぬるい展開ですよね。
誰からかどこそこに行けと命令されて、行ってみた先にボスがいて、
そのボスにも主人公たちは殺されることもなく、またそのぬるい展開が続いていきます。

端的にいって、勝利の快感を味わうことが出来ないのですよ。
そのようなゲームでは男性的な欲望を満たすことができないと言うか。

 ポケモンとウルトラマン (2005/5/17)

ポケモンは明らかにウルトラマンの影響を受けていますね。
ポケモンの企画中のタイトルがカプセルモンスターだったあたりが、
もう完璧に田尻智氏らはウルトラマン世代だなと理解できるわけです。

ほかにもリザードンとか、もうウルトラマンのミニ怪獣ですよね。
つまり、このポケモンの製作者たちは自分の好きなものを吐き出してるわけですよ。
縮小再生産ってわけでもなく、その時代にあったアレンジを行っていると言う感じですか。

 費用対効果、時間対効果、満足対効果 (2005/5/16)

ゲームを作るうえで、遊ぶうえで重要な指標をちょっと考えてみます。

1.費用対効果==効果/費用
   ・・・値段のわりに面白かったかどうかを計る指標

2.時間対効果==効果/時間
   ・・・時間のわりに面白かったかどうかを計る指標

3.満足対効果==費用対効果*時間対効果==効果^2/(費用*時間)
   ・・・総合的に満足できたかどうかを計る指標

時間対効果、満足対効果は私が勝手に定義しました。私の造語です。
ちなみに、効果とはそのゲームがどれほど面白かったか?というものです。

まぁ、ここで私が勝手に定義した数式によると、
面白いゲームとは効果が高くて、費用が安くて、短い時間で楽しめるゲームですね。

 PS2 真女神転生3が面白い。 (2005/5/15)

シナリオはどこそこに行けのお使いシナリオですが、
敵と戦って、レベルを稼ぎ、強い仲魔をゲットするのが楽しい。
さらに、今回、仲魔の特殊能力を組み合わせられるようで、
そこもなんだか楽しいような予感もしてきました。
カスタマイズの楽しさですね。

ただ、まぁ、ある程度の制限の幅の中の自由度なので、
2回目は遊ぶ気にはならないような気もするのですが。

歴代のメガテンの中でもマップが程よい大きさでよいですね。
真メガテン1、2、FC版女神転生などは気が狂いそうなバカでかいマップでしたから。

ただ主人公が死ぬだけでゲームオーバーってのは辛いですね。
まぁ、最近のゲームですから、それほどはきつくありませんが。
むしろ、緊迫感があって、これは非常に良いと思います。

私の中ではとりあえず80点の出来です。良作ではありますね。
ちなみに、私の中で90点以上だと名作ゲームです。

 凄惨な結末 (2005/5/14)

FC版のファイアーエムブレムで、仲間が死んでもかまわず進んでいく主義の
すこし先に進むたびに命を削っていくようなゲームを遊んでみたかったり。
何かを犠牲にしなければならない、凄惨な結末のゲームですね。

みんなハッピーエンドのまったりゲーは女子供がやってれば良いのです。
もっとなにか、女子供が近づけないようなぞくぞくするゲームが良いですね。

 GC ピクミンを遊んでみて。 (2005/5/12)

今さらすぎますが、ピクミンを遊んでみて。

感触としては、大雑把なリアルタイムパズルゲームでしょうか。
うーん、なんか遊んでいてめんどくさいのですよね。

やっぱり何が嫌かといえば、ぐるぐる回る視点でしょうか。
遊んでいて、気持ちよくない、これがどうしても来ます。

あと、やっぱりなんか自由度が限られているような。
いやいや、1時間ぐらいしか遊んでいないので、先のことはわかりませんが。

というか、この頃のゲームはめんどくさいゲームが多すぎです。
めんどくさい要素はもう絶対入れるなと言いたいです。

 山登りのごとく (2005/5/12)

ゲームを作るのって山登りに似ていますね。

どんな山を登るのか計画するのが楽しかったり、
目標が高ければ高いほど、登頂が難しかったり、
登山中はいつ頂上にたどり着くのか先がまったく見えなかったり、
時には、災難苦難に出会い、挫折を余儀なくされたり、
山を登りきったときの清々しさは他の何事にも代えられなかったり、
一度、1つの山を制覇したら、もう次の山のことを考えていたり。

山を登る人ってアホだなとも思います。

 ペットは何故かわいいか? (2005/5/10)

ペットは何故かわいいか?
それはペットは人語を扱わないからかなと。

ペットは感情やしぐさだけで、人間に何かを伝えようとします。
それって、人間の赤ん坊と同じような感じですよね。
だからこそ、かわいいと人間は感じてしまうのでしょう。

例えば、もし、ポケモンのピカチュウが
『おい、サトシ、腹が減ったぞ、飯をくれ。』
とか言っていたら、かわいさも激減するでしょう。

ピカチュウはピカーとか言ってるから良いわけです。
何故なら、人間側が勝手に想像する余地があるからです。
想像する余地があるということは感情移入できる余地があるということです。

言葉ですべて語らない方が良いこともあるわけですよ。

 言葉にできない面白さ (2005/5/8)

ゲームの評論家みたいな人が推すゲームって大概面白くありませんよね。
逆に、ゲームの評論家が面白くないと罵倒するゲームが面白かったりします。

それを考えるに、面白いゲームって言葉で説明できないのですよ。
むしろ、言葉で説明できるようになったゲームは既に色褪せています。

つまり、ゲームの面白さは言葉で説明できてはダメなのです。
言葉で説明できない面白さがゲームには必要なのです。

言葉で説明できない面白さだからこそ、遊んでみようという気になるのですから。

 インフレはゲームを壊す (2005/5/7)

インフレというのは物が増えることによって物の価値が無くなることです。
(なお、ここの文章ではって事です。正確には、このあたりで。)

例えば、グラディウスなんかがインフレゲームの始まりなのですよね。
オプション付きのレーザーに、昔のゲーマーは喜んだものです。
なんたって、爽快感が格段に上がったわけですから。

シューティングゲームの原型のスペースインベーダーと比べてくださいよ。
スペースインベーダーなんて、ちまちま弾を撃って、いらいらしますよ。

ですが、グラディウスはオプション付きのレーザーという
インフレを行ったおかげで、グラディウス2、グラディウス3と
極端に難易度を上げるしか道が無くなりました。

結果、シューティングゲームはアボイディングゲームに変質してしまいました。
そして、シューターと呼ばれるコアゲーマーにしか受けいられないようになりました。

爽快感を増させるために、インフレさせることはゲームを壊します。
爽快感、爽快感とか言ってる人はまた同じ過ちを繰り返そうとしている気がしますよ。

 わかりやすさと親しみやすさ (2005/5/6)

大ヒットゲームするゲームにはある特徴があります。
それはわかりやすいことと親しみやすいことです。

これは簡単なようで、とても難しいことです。
簡単に見えるところほど、実はそこが難しいのです。
何故なら、認識すること自体が難しいからです。

 アーケード筐体ゼビウス (2005/5/5)

今日、生まれて初めてアーケード筐体ゼビウスを遊びました。
ゼビウスはリアルタイムでアーケード基盤で遊んだことがなかったのですよ。
いやいや、ファミコンのゼビウスならけっこう遊んでいますけどね。

結果は、ナスカの地上絵を見て、アンドアジェネシスを撃破しました。
時間がないので、その辺で終了しましたが、非常に満足でしたね。

印象として、画面がやたらに縦長いのと、初期難易度が低くて遊びやすいなと。
ただぬるいというわけではなく、途中からは敵が狙って殺しにかかりますね。

思うに、敵は狙って殺しにかかってこないとダメですね。
緊張感のないゲームなら、遊んでいても面白くないからです。

あと、古典的名作ゲームだけあって、何かが面白いです。
攻略本ゲーム第一号ってのも理由のわかるゲームですね。

それと、古いゲームなのにいまだに楽しめるのが素晴らしいです。
永い間、楽しまれるゲームこそ、本当に面白いゲームなのでしょう。

まぁ、いろいろと学べる点は多かったですよ。

 抽象絵画とドット絵の類似点 (2005/5/3)

ゲームに勢いが無くなった1つの理由として、
ゲームにインパクトがなくなったというのが挙げられるかなと。

綺麗なグラフィック、重厚な音楽など、
実はそのようなものこそがインパクトがなくなった
主たる原因なのではないかなと。

岡本太郎が『芸術とは綺麗であってはいけない』との意図を話していましたが、
例えば、『森の掟』や『太陽の塔』はやたらとインパクトがありますよね。
一度見たら、脳裏に焼きついてしまう絵とオブジェだと思います。

ゲームに勢いがあったファミコン時代のドット絵はまさにその点で
抽象絵画のようなインパクトに溢れた芸術だったのではないかと。

今にして思えば、抽象の世界で、抽象のキャラクターを操っていたわけです。
それならば、最先端の芸術だったといって間違いないわけです。

ただし、ゲームはこの道を捨てて、リアルな方向に突き進んでいくわけですが。
たくさんの色調、たくさんの音色、そんなものがゲームをダメにしたような気がします。

 やりこみ要素のあるゲームかやりこんでしまうゲームか? (2005/5/2)

やりこみ要素があるゲームは良いという人がいますが、
私からすると、やりこんでしまうゲームの方が良いですね。

前者は遊ばされているのに対し、
後者はつい遊んでしまうという意味です。

 山内博いわく (2005/5/1)

 山内博いわく
「ヒット商品を作る秘訣なんてない。ただいえることは、ある種の能力があって、ひたすら目的に向かってそればかり考え続けておれば、いつか花が開くときがくる。気持ちを持続しておくことが大切。」 (引用元 http://www.enjyuku.com/k/kp95.htm )

うーん、さすが元任天堂社長、良いことをおっしゃる。

 ゲームからアニメ (2005/4/30)

ゲームからアニメはいいのですが、
アニメからゲームはあまり好ましくないですね。

ゲームからアニメの典型的な例はポケモンでしょう。
アニメからゲームはガンダムですかね。(私の中で)

というのは、アニメからゲームの場合、
90%以上が面白くないゲームなのですよね。

それと、アニメの人気で適当に作っておこうみたいな安易な発想、
また、アニメの下にゲームがあるかのような発想が嫌なのです。

ゲームの復権を考えるのなら、ゲームからアニメを
作らせるようなゲームを作らねばならないですね。

 ミニゲーム信仰 (2005/4/29)

ちょっと前、ミニゲーム信仰ってのがありましたよね。
その際たるものが、メイドインワリオだったのでしょう。

ミニゲームの数が多いゲームが良い。
ミニゲームが面白いので是非入れて欲しい。
そんな熱狂的な意見を私は信仰と呼んでいます。

というか、ミニゲームって20年前ぐらいの
ゲームが面白かった時代のものと同じ概念のゲームですね。
昔はそれをミニゲームと呼ばず、それが本編のゲームでした。

そういうのを考えると、人間って進化しないなと思います。
つまり、新しければ良いってものでもないことですね。

 RPGツクール2000名曲ベスト3 (2005/4/28)

またまた、勝手なランキングを発表したいと思います。
今度は、RPGツクール2000ですね、名曲ぞろいです。
なんといっても、バランスがよくて、汎用性が高いのが素晴らしいです。

1位 フィールド4

伸びやかな旋律がとても素敵ですね。
この曲を聴くと、柔らかな風に吹かれて、
世界を旅しているというイメージがわいてきます。
なんか生きていること自体が楽しいと思わせる曲です。

2位 怒り

ふつふつと湧き上がってくる怒りがすさまじいです。
まさに、怒りという名前がぴったりな曲です。
今にも爆発しそうな気迫がすごくて印象深いです。
また、ゲームに非常に使いやすくていいですね。

3位 村2

ほのぼのーとした曲で聴いてて飽きないです。
落ち着いていて、優しくて、愛情に満ちていますね。
この曲を聴きながら、眠りこけると幸せなのではないでしょうか。
幸せっていうのは足元に落ちているのかもしれませんね。

http://homepage1.nifty.com/kitagami/index.htm
最後に、作曲者の北神陽太さんのサイトです。

 ADVENTURE STORY名曲ベスト3 (2005/4/27)

誰もあまり褒めてくれませんが、ADVENTURE STORYは
ものすごい名曲が揃いに揃っていると思います。

というわけで、誰もあまり褒めてくれないからこそ、
製作者の私が勝手にベスト3を発表したいと思います。

1位 OVER TURE〜序曲(作者:ボタンさん)
この曲は非常に良いですね、素晴らしい名曲です。
ゲームではオープニングとエンディングの1つに使ってます。
優しさや勇気や愛とか冒険とか雄大な世界とか、
もう無数の言葉で飾っても飾りきることはできないでしょう。
なんというか、人間の人生を感じさせる曲です。
100回以上聴いていると思いますが、まったく飽きませんね。

2位 Nogi05.mid(作者:野木勝幸さん)
ゲームのフィールドマップで使われている曲ですね。
この曲も名曲と断定して全く異議の出ない曲でしょう。
聴いていると、元気が満ち溢れてくる曲です。
世界は様々なことがあり、好奇心がドッと芽生えてきますね。
なんというか、若さの力ですね、生命の力強さを感じます。
良い曲ってのは力がありますね、勢いがあります。

3位 スタッフロール(作者:赤間 祐紀さん)
作者いわく、この曲の作曲で死にかけたそうですが、
なるほど、これは死にかけても不思議ではない名曲ですね。
歴史に残るぐらいの傑作だと勝手に考えています。
良い曲ってのは頭の中に残って、口ずさんでしまう曲ですね。
私はこの曲を口ずさんだことが数え切れないほどあります。
エンディングに使われており、まさに精神浄化される曲です。

というか、どの曲も本当に素晴らしく、順位をつけるのは
私としても心苦しいのですが、あえてということです。
曲を提供してくれた作曲者の人たちには本当に感謝します。

 DQ3が面白かった理由 (2005/4/26)

 DQ3が面白かった理由の1つに ゲームを削りに削ったということがあるでしょう。タイトル画面すら削ったってのは有名な話です。面白いゲームを作りたいのなら、完成した後も、無駄な部分を削除する作業が必要ですね。だから、完成してからこそが製作者の力量の見せ所ってのもありますよ。いやはや、一番最初の記憶には勝てないというのもあるでしょうが。ランシールのバグ技とか楽しかったですね。

 戦争ゲームが作りたい (2005/4/25)

 将棋のような、AOEのような、CIVのような戦争ゲームを作るのが私の夢の1つですね。しかし、戦争って難しいので、まだまだ力量不足です。そんな中で、ダイヤモンドの原石とも呼べるのは、乱世之王者ですね、このゲームは素晴らしいです。またちょっと遊んだのですが、夢中になりましたよ。

 新しいゲームの条件 (2005/4/24)

・こんなゲームは絶対に売れない、と誰かに言われる。
・こんなゲームはぜんぜん面白くない、と誰かに言われる。
・こんなゲームはゲームといえない、と誰かに言われる。

新しいものを多くの人は理解できません。
多くの人が理解できるのなら、それは新しくありません。

 ゲームのネタ (2005/4/22)

 ゲームのネタって結構どこにでもあるような気がします。むしろ、あるのに気づかない、あるいは忘れてしまうように思えます。それと問題なのは、どうまとめるか、どう表現するか?といった感じのことなのでしょうね。ゲームのネタって身近な場所に落ちていたのをもってくるほうが良いでしょうね。小難しいことをゲームの題材にしたって、 遊んでくれる人は誰も喜んでくれませんよ。と、自戒です。

 ゲームデザインの行き着く果て (2005/4/21)

ゲームデザインの行き着く果ては結局、教育論になるかなと思います。
いや、これはゲームデザインの行き着く果ての1つですね。
多分、いろいろと各人それぞれに道があることでしょう。

ゲームがただのストレス解消では私は納得しませんね。
私はゲームに何かしらの有用な意味を見出したいからです。
いや、ストレス解消もある人にとっては有用な意味でしょうが。

ただね、今のゲームをめぐる現状に私は非常に不満足なのですよ。
本とか映画とか舞台芸能とかそういうのより格下であるように
思われているのが非常に納得いかないわけです。
それこそ、口から火を吹くような怒りで満ちているわけですよ。

いや、別にハイカルチャーを目指すわけでもないのですけどね。
ハイカルチャーって死んで形骸化している文化といえますから。
まぁ、今のゲームは下らないゲームが多すぎですね。

私はゲームに意味を与えたいわけです。

  次の次のゲームの構想 (2005/4/19)

 ドラクエというか、今までの日本のRPGのゲームデザインは単純作業に対する努力が報われるゲームでした。経験値稼ぎ、雑魚キャラを殺しまくるというのがまさにそれですね。私がゲームを作る場合、ここを真似てはいけないのが明白です。何故なら、古臭すぎるし、遊び手はもう飽きているからです。では、どんなゲームデザインにするか。それは、知恵を絞ることに対する努力が報われるゲームでしょう。

 SPYの製作者とWINWIN(共存共栄) (2005/4/18)

 SPYという恐怖してしまうような素晴らしいフリーゲームがあるのですが、この製作者に、遊んだときの感想をメールで送ったら、なにかものすごく喜んでもらえていたことが、この製作者の掲示板で発覚しました。

>お久しぶりです、kuon様!!
>以前、スパイの感想メールをくださいましたよね?
>時々、読み返したりしてます(恥)

なーんか、心の奥底が温かくなりましたね。これを多分、幸せな状態って言うのでしょうね。私はほんのちょっとお礼のメールを出しただけなのに、こんなにもうれしいことが帰ってくるとは思いませんでした。

 思想主義 (2005/4/17)

 DQは血統思想主義です。FFは選民思想主義です。パクっているゲームがつまらないのは、こういう思想主義を見抜けない、消化できない、あるいは、そこから発展できないという理由があります。だから、ゲームの柱が薄弱になり、すぐに崩れ落ちるのです。 というのは、思想主義とはゲームの主題になりうる大切な部分だからです。

 面白いゲームを作るためには? (2005/4/15)

 面白いゲームを作るためにはどんな条件が必要でしょうか?私からすると、そのゲームを作る人自身が面白くなくてはダメだと思うのですよね。では、面白い人間になるための条件とは?これは結構難しいことのような気もしますが、

・自分自身の知性を磨く。
・自分自身の好きなことを究める。
・他人を驚かせるような技を身につける。
・他人を楽しませるようないたずらをする。

 うーん、面白いという言葉自体がいまいちよくわからないので、うまくまとまりませんね。とりあえず、自分を磨いて、他人を喜ばせることですか。単純なことですけど、難しいですね。

 Iwatamさん、素晴らしい。 (2005/4/14)

 ずっと以前に発表された『ゲームとリアリティ』というコラムなのですが、見返してみると、それでもなお考えさせられるものがあり、非常に素晴らしいとしか言いようのない文章です。価値がある文章とはこのことを言うのでしょう。ゲームを作るうえで非常に参考になるので、ゲームを作る人は絶対見ておいた方がいいですね。私からのお勧めです。

 フリーゲームの話2 (2005/4/13)

 ぶっちゃけフリーゲームで面白いゲームを求めるのはかなり難しいことだと思います。というのは、ゲームを作ること自体、相当困難だからです。プログラムと絵と音楽とデザインとありとあらゆる作業が必要であり、さらにどの一つ一つで高い質が求められるのなら、もうその時点でありえませんね。さらには、フリーゲームの場合、ほぼ無報酬とくるのだから、ますますありえないものになってきますね。さらにさらに、製作者の自己満足ではなく、遊び手を充分満足させるだけの要素となると、もう天文学的にありえないわけです。市販のゲームでも95%はクソゲーといえますが、それがフリーゲームとなると、どのくらいになるでしょうか。
 ただ、フリーゲームに可能性がないわけでもないです。特に、『キャバGO』の製作手法には驚かされました。作り手が自分が持っているものを持ち寄って1つのゲームを作る手法です。フリーゲームってのは無料のゲームではなく、遊び手で自由に作っていくゲームかもしれません。だからこそ、遊び手の製作への参加が必要になるのでしょう。フリーゲームが面白くないと思っている人、それはあなたがフリーゲームを作っていないから面白くないのかもしれません。

 千年家族の反応 (2005/4/11)

 千年家族なのですが、評価があまりよろしくないですね。まぁ、たまごっちに尾ひれがついたものと予想していたので、既存のゲームとは比べにくいのもあるでしょうが。なにやらめんどくさい作業があることと、感情移入できないこととわりとすぐに飽きてしまうことが不評のようですね。遊び手っていうのは実はかなり保守的なのかもしれませんね。ゲームらしいゲームというものを楽しみたいのかもしれません。

 DQ8を遊んでみて。14 (2005/4/10)

 3〜13が抜けて、いきなり14なのですが、これで間違っていません。ちょっとここでは書けない内容なので、発禁処分にしました。どうしても見たい人は自己責任で私のMIXIを覗いて見てください。ただ、私からの感想からすると、DQ8は非常にダメなゲームです。やはりDQを打ち倒すことが私の目標になるのでしょう。DQ3で失われたゲームを私は取り戻したいのです。

 志賀直哉曰く (2005/4/9)

 志賀直哉曰く、『常に言っているように批評家というものは、友達である何人かを例外として除けば、全く無用の長物だと考えるのである。そういう批評家は作家の作品に寄生して生きている。それ故、作家が批評家を無用の長物だと言ったからとて、その連中の方から作家の方を無用の長物とはいえない気の毒な存在なのだ。作家が他人の作品を批評する場合、何を言っても、言っただけの事は自身の作品で責任を負わねばならぬが、批評家は自身小説を書かず、その責任を取ることがない。批評家はそういう自分の立場を大変都合のいい事と考えて、勝手なことを言っているが、実はこの事がむしろ致命的なことだという事を知らないのだ。』(白い線より引用)

 クソゲー大好き2 (2005/4/8)

 何故に、私はクソゲーが好きか?それはクソゲーには可能性を感じることが多々あるからです。良いゲームとか、名作ゲームには可能性がほとんど感じられません。完成しているがゆえに、それ以上の発展は見込めず、もう滅び行くしか道は残されていないのですよね。それか、化石のごとく生き残るかのどちらかです。
 また、なんていうか、自分はがんばったんだけど、いろいろな制約や条件のために、クソゲーになってしまったというのがあれば、非常に愛着がわいてしまうからです。クソゲーに若さゆえの過ちみたいなのを感じ入ってしまうからでしょうか、その若さがまぶしいのでしょうか。だから、私はクソゲーも好きなのですよね。

 誰に何を伝えたいか? (2005/4/6)

 ゲームに限らず、作品と名のつくものはすべて、誰に何を伝えたいか?ということが重要になると思います。これがなかったら、あるいは、いまいち欠けているのならば、曖昧になって、パワーに欠けるのですよね。まずは目標と目的を決める必要があります。

 作り手と遊び手 (2005/4/5)

 1つの側面として、ゲームのボリュームが足りないと言い張る遊び手のせいでゲームの面白さが台無しになったと私は考えています。そして、長いゲームは嫌だと正面きって言わなかった遊び手にも問題があると考えています。また、あまりにも遊び手の発言する場所がなかったような気がします。私は作り手と遊び手が近い位置にいるほうが面白いゲームができるのではないかと考えています。作り手と遊び手は完璧に分離すべき存在でもないし、敵対するべき存在でもないはずです。理想としては、作り手は遊び手であり、遊び手は作り手であるべきです。

 先祖がえり (2005/4/3)

 任天堂は先祖がえりを行おうとしているのでしょう。ファミコンミニもそうだし、GBAやDSも同じ方向性です。何故に、先祖がえりを行おうとしているのかといえば、コストパフォーマンスの問題だからでしょうね。要するに、規模の大きいゲームは儲からないからかなと。また、それは作り手から、遊び手からの両面の問題なのでしょう。アホほど時間がかかるゲームはダメですね。作ることも遊ぶことも両方ともです。
 いやいや、エッセンス(本質)を短い時間で体験できるからこそ、ゲームは素晴らしいのですよ。そのことを忘れすぎていました。ゲームはぎゅぎゅぎゅっと本質を詰め込むべきなのです。何故なら、そちらの方が効率がいいからです。人生の追体験をたくさんできるという意味で。
 長く遊べないじゃないか!という意見も出てくるでしょうが、そういう人には何度でも遊んでもらえばいいのです。つまり、何度でも遊べるゲームの構造にすればいいのです。まぁ、無理に何度でも遊ぶことができるっていうのにもこだわりすぎない方がいいとも思いますけどね。有限な資源の下で作られたものが無限に遊べるなどありえないからです。

 MOD製作者募集 (2005/4/2)

 ADVENTURE STORYのアンケートでいまだよく見かけるのですが、ジパング編とかヨーロッパ編を作ってくださいというのがあります。しかし、私は製作の都合上、それを作るのはかなり難しいわけなのです。いやはや、もう既に1年以上バージョンアップを繰り返しましたしね。で、ここで他力本願企画なのですが、どなたか、やる気のある人、ASのジパング編やヨーロッパ編や別世界編などを作ってみませんか?とまぁ、要するに、ADVENTURE STORYのMODを製作する人を当てもなく募集してみようかなと。まぁ、もし、やる気がある人がいれば、私にその旨のメールをください。歓迎いたしますので。

 ゲームのゲームたる特性 (2005/4/1)

 ゲームのゲームたる特性を考えて、列記してみます。

・ゲームに参加することができる
・ゲーム自体に関与することができる
・システムと絵と音楽と文章を同時に扱える
・何度でもやり直しが効く
・安価に遊ぶことができる
・複数の解法がある
・一人でも遊べる、複数人でも遊べる
・複雑な計算を扱うことができる(コンピューター使用時)

このくらいでしょうか。そういうわけで、この特性があればあるほど、そのゲームは面白くなると思います。何故なら、ゲームの特性を活かしているからです。いわば、長所を伸ばしているからです。

  『キャバ嬢 A GOGO !!』を遊んでみて。 (2005/3/28)

 『キャバ嬢 A GOGO !!』(非18禁)を遊んだのですが、なんか、あまりの衝撃で言葉がうまく出ません。すごいゲームと出会ったときには言葉で表現できないのですよ。いや、このゲームをゲームと呼ぶか?というと、なかなか分類の難しいビジュアルノベルなのですけどね。また、ツールのおかげで操作性などが悪かったりします。しかし、そんなことはどうでも良いほどのパワーが文章にあります。グサリグサリ心を貫くような文章なのですよ。久しぶりに頭をハンマーで殴られたような、ものすごいえぐいボディーブロウを食らったような感覚です。あと、音楽、テーマソングなども非常に良かったです。
 ゲームにはまだまだ力が眠っていますよ、ゲームにはまだまだ可能性がありますよ、 そういうことを強く思わせてくれました。とりあえず私の中の現時点での2005年のナンバーワンゲームですね。なんでしょうか、ゲームを遊んでいてかなりへこみました。 まだまだ道は遠いってことなのでしょうね。

 思いやりとかおもてなしの精神 (2005/3/27)

 いや、自分の体験や経験をゲームにしろとは言いましたが、自分の体験や経験だけをゲームにするのはだめですよ。何故なら、それは面白くない可能性が高いからです。まぁ、私小説のようなどん詰まりのことはやるべきではないのです。もうすこし目を広げてみて、周りにあわせてみるのもいいでしょう。そこらへんは思いやりとかおもてなしの精神ですね。いやいや、私こそがそういう精神に欠けているのですが。

 実感と経験 (2005/3/26)

 まぁ、ともかく1つだけいえることは、自分の実感や経験に基づかないゲームは作るなということですね。何故なら、弱いゲームが出来上がってしまうからです。マリオもポケモンも製作者の実感と経験からできてますよ。だからこそ、マリオやポケモンは強いのです。机上の空論や夢想をこねくり回してゲームを作っても面白くないってことです。

 クソゲー大好き (2005/3/25)

 私は基本的にクソゲーが大好きです。なんていうか、クソゲーにはクソゲーの味わいがあるのですよ。クソゲーなりの良さを感じてしまうというか、そんなところですね。ゲームとしては一般受けしないだろうなと思いつつも、きらりと光る何かを感じられるゲームは非常に良いですね。なんというか、こだわりが感じられるゲームは良いです。

 伝統 (2005/3/24)

 個人的な人間としても、1つのゲームとしても、伝統がないものは薄っぺらいですね。伝統がないものは、文化もないですし。 文化っていうのは先人の蓄積ですからね。だからこそ、人間にも、ゲームにも伝統は必要です。では、私の伝統とは、あなたの伝統とはなんですか?

 山内語録 (2005/3/23)

 だめだ、この人はかっこよすぎる。(;´Д`)この男は強すぎる。

 自分にしか作れないゲーム (2005/3/21)

 自分にしか作れないゲームを作るべきですね。他人に作ってもらえるのなら、自分が作る必要がありませんからね。では、自分にしか作れないゲームとは?

 重層化2 (2005/3/20)

 意味の重層化が何故、面白いゲームに繋がるのか?それは意味の重層化とは意志決定に密接に繋がる要素だからです。例えば、スーパーマリオでレンガブロックがありますよね。このレンガブロックには複数の意味が内在されています。例えば、ちびマリオでブロックを下から叩き上げると、ブロックがバウンドします。でかマリオで叩くと、ブロックは壊れます。あるいは、キノコやフラワーやコインやスターや豆の木が出てきたりします。さらには、そのブロックの上に乗って、高くジャンプすることもできます。このようにブロック1つをとってみても、スーパーマリオのブロックには複数の意味が内在しており、意味が重層化されているのです。だからこそ、スーパーマリオは面白いのです。

 重層化 (2005/3/19)

 面白いゲームを作るために大切なことは作りこみだと思うのです。では、作りこみとはどういうことを指すのかといえば、1つに意味の重層化だと思うのです。簡単に言えば、ある要素に複数の意味を持たせることだと思うのです。最近のゲームがつまらないのも意味の重層化を考えていないことにあるのではないでしょうか。

 感情移入よりも自己同化 (2005/3/18)

 ゲームに必要なのは、感情移入よりも自己同化だと思い至りました。感情移入という紛らわしい言葉がゲームをダメにしたような気がします。 ゲームのキャラが痛いと表現したら、遊び手も痛いと感じなければならないのです。ゲームにはゲームへの没入感が必要なのですよね。個人的には、『主人公=遊び手』の構図が必要だと感じます。

 PS2 DQ8を遊んでみて。2 (2005/3/17)

 今回はマップが面白いですね。いろいろとフィールドマップを走るのは楽しいです。しかし、マップでかすぎ、DQ恒例の関所だらけで萎える部分もあります。なにより、まだフィールドマップを見れないのがなんともかんとも。レベルアップ時にスキルポイントを割り振るのはいいですね。 どうせ、ネット情報を見ないと、わからないことも多々あるのでしょうが。ただ、感情移入してしまう要素です。しかし、キャラグラフィックが微妙。キャラクター作成をしたかったですね。あと、グラフィックがリアルになった分、ランダムエンカウントに不自然さ・違和感をよりいっそう感じます。現在総プレイ時間約2時間。

 PS2 DQ8を遊んでみて。 (2005/3/16)

 オープニング長いの微妙。一本道お使いイベント微妙。カメラがやたらに動いて酔う。町がなんかでかすぎるような気もする。レベルがさくさく上がって気分爽快。 能力パラメータを自分で設定できてうれしい。と、まぁ、一時間ほど遊んだ時の第一印象です。

 PS2 ACEを遊んでみて。 (2005/3/15)

 主人公自機の微妙な浮遊感、一体感を感じない微妙な操作感、なにか入れ込んで遊ぶ気にならないゲームです。OPムービーとかは噂に聞いていたように かなり綺麗なのですけど、私にとってはいまいちぴんとこないものでした。キャラが多すぎなのもどうかなぁと。あと、私は世界観が統一されてないゲームはあまり好きではないのです。

 大型体感ゲーム (2005/3/14)

 久々に大型体感ゲーム、身体を動かして遊ぶゲームですね、それを遊んだのですが、どうもいまいちピンと来ませんでしたね。というのは、身体の一部のみを酷使するゲームが多かったからです。はっきり言って、全身をくまなく使うスポーツの方が面白いかなと。そんな印象さえも感じました。大型体感ゲームを作るなら、もうすこし遊び手のことも考えてほしいかなと。エアホッケーぐらいがちょうどいいかなとか思いますよ。
 身体を動かすというのは楽しいのですが、短い時間しか遊べないというのは微妙だなとも思いました。いや、ビデオゲームのようにアホほど遊べるのも問題なのですが。1時間くらいはすんなり遊べるぐらいのゲームがいいでしょうか。それと、1時間遊ぶと、充実感でいっぱいになるゲームです。

 ワクワクドキドキ感2 (2005/3/13)

 今回は、ワクワクドキドキ感とは何か?それを考えてみたいと思います。私が考えるワクワクドキドキ感というのは、

 ・ワクワクドキドキ感とは、期待と不安が入り混じった状態である。
 ・ワクワクドキドキ感とは、将来の予測が見えない状態である。
 ・ワクワクドキドキ感とは、やり直しが利かない時こそ強くなるものである。

 こんな感じでしょうか。この上記の3つの1つでも欠けると、ワクワクドキドキ感は減りますね。初めてWIZを遊ぶときなどはこの3つが揃っていたのではないでしょうか。最近はゲームを遊ぶ前からの前情報が多いからこそ、ゲームが面白くないのかも。それと続編ゲームが多すぎるからですね。

 ワクワクドキドキ感 (2005/3/12)

 ワクワクドキドキ感があるゲームこそが面白いゲームでしょう。これは私の長年の経験則です。では、ワクワクドキドキ感とは何か?また、それを発生させる要因とは何か?それを考えるに、まずは発生させる要因として、

 ・新しいジャンルのゲーム、未知のゲーム
 ・ゲームの底がわからないゲーム、先が予測できないゲーム
 ・想像力が溢れ出てくるゲーム、頭で空想してしまうゲーム

この3つの要因がワクワクドキドキ感を引き出すのではないかと。 いや、まだほかにも要因があるかもしれませんが。

 擬似断食 (2005/3/11)

 擬似断食が行えるゲームを遊びたいですね。 つまり、食欲に勝つゲームを遊びたいわけです。 これは以前にも言ってますね。 私は暇つぶしにゲームを遊ぶのが大嫌いです。そもそもそんなゲームなら最初から遊ぶ必要がないですからね。私にとっては時間の無駄、人生の無駄です。 そういうわけで、暇つぶしのゲームも嫌いなわけです。 それにしても擬似断食ってまさに信仰を求める求道者そのものですね。まぁ、断食もある一線を越えると快楽になりますからね。

 フリーゲームの話 (2005/3/10)

 フリーゲームの話で、『フリーゲームって製作者の自己満足で面白くない。』とか言う人がいますが、私にすればまったく同意できませんね。フリーゲームは製作者の自己満足だからこそ面白いのです。それは作り手側にしろ、遊び手側にしろそうですね。例えて言うなら、大人の味覚といえばいいでしょうか。 子供からすると、苦いものは美味しくないのでしょうが、 大人からすると、苦いものも美味しいのです。なお、市販の甘ったるいゲームも私にしてみれば、美味しくないですね。市販のゲームには胸焼けしている部分もあります。

 人生を増やすこと。2 (2005/3/8)

 人生を増やすことができるゲームが面白いゲームだとわかりました。では、ゲームでいったいどんな人生を増やしたいか?それは私にとって、遊び手にとってですね。私は他人のことはわかりません。他人の心は闇なので理解できません。ですので、私は私が増やしたい人生をゲームの題材にするべきなのです。それを考えるに、冒険、サバイバル、宝探し、歴史、人間関係(物語)、この5つぐらいがキーワードでしょうか。

 人生を増やすこと。 (2005/3/6)

 宗典読んでました。原田宗典という作家の本です。この人の小説を読んでいて気づいたことは、小説の意味とは何かを考えるに、それは1つに人生を増やすことなのだなと思います。自分1人では全く気づかなかった視点を手に入れることと言ってもよいでしょうか。人生は短いですね、だからこそ、いろいろとやってみたいのかもしれません。ゲームもかくありたいものです。ゲームを通じて人生を増やすのです。つまり、人生を増やすことができるゲームが必要なのです。

 宝物 (2005/3/5)

 自作ゲームのアンケートを久々に見返してみました。とんでもない量でかなり辛い作業でしたね。思うに、このアンケートは私にとって宝物ですね。人生の一部分を費やした大切な宝物です。 ただ、その宝物もあやうく消失しそうだったわけですが。HDDが完璧に逝っちゃったのは初めてでした。BIOSすら立ち上がらないのはひどぽ。

 毒か薬か。 (2005/3/4)

 最近、どこかの公的組織がゲームを有害図書指定にしたそうですが、結構なことですね。有害指定も受けないような影響力を持たない無意味なものを作ってもしょうがないでしょうから。しかし、私は残酷過ぎだったり、エロ過ぎなゲームを作るべきとはいいませんよ。毒にもならないものは薬にもならないということです。私としては、薬としてのゲームを作りたいですね。しかも、一部の人には副作用のある薬です。

 テレビから見た家庭用ゲーム機 (2005/3/1)

 新聞で京大の助教授が面白いこといってました。 ゲームが受けた理由、それはテレビの機能を拡張したからだと。 要するに、ゲームの登場によりテレビの番組が増えたって意味ですね。 なるほど、それももっともなことだと思いました。 で、これからゲームにとって何が大切なのかというと、 やはり番組の内容であり、コンテンツなのでしょうね。 コンテンツがへぼだと、受け手からは見向きもされないでしょう。これは当然のことですよね。
 では、具体的にどうすればいいのかというと、 ゲームの強みを生かして、弱みを限りなく小さくべきかなと。そのためにはゲームの特性を熟知しておく必要があるでしょう。それと、やっぱり受け手の情報発信がすごく重要になるでしょう。 作り手だけが情報発信をする時代は終わった気もします。

 難しいゲームを作れ。 (2005/2/26)

 最近の日本産のゲームは何故ダメか? それを考えるに、1つは簡単過ぎなのですよ。 知恵を絞る必要のないゲームはダメです。 単純作業をさせる痴呆者を大量に産み出してるだけです。 違うのですよ。 女子供にはクリアできないゲームを作るべきなのですよ。もっとゲームは男臭くて、殺伐とあるべきです。 (私が男であるからの発言です。) まぁ、昔みたいな理不尽な難しさはダメなのですけどね。 運でしか解けないゲーム、情報がないと解けないゲームなどです。 昔も今も極端ですね。 中庸という徳は難しいってことです。

 貧乏サンタを遊んでみて。 (2005/2/25)

 貧乏サンタがすさまじい。何がすさまじいかといえば、作者の洞察力と先見性とブラックジョークがすさまじい。天才とは時代の先を読んで、時代そのものを作る人間といえるでしょうが、この作者は時代の先を読んで、ゲームを作っていますね。市販のゲームではありえない題材であり、ここまで攻め込んだゲームは評価されるべきかもしれませんね。

 ネットゲームの問題点。 (2005/2/24)

 ネットゲームの問題点は遊び手の質が面白さに直結してしまうこと。 つまり、遊び手の実力が拮抗した者同士であれば、面白いものになるでしょうし、 遊び手の実力が乖離した者同士であれば、面白くないものになるでしょう。 つまり、面白いか面白くないかは遊び手次第によるところもあるわけです。 そこで思うに、やはりゲームプレイヤーのID化とレーティング制度の導入が必要ですね。 あと、コミュニティを維持する信用を産み出すシステムがどうしても必要ですね。信用がないものは排除するべきでしょう。

 待てど暮らせど。 (2005/2/19)

 待てど暮らせど、私の望むようなゲームはなかなかでませんね。 もう受け身で待っているのも我慢の限界ですよ。 AOE3があまり期待できそうにないので非常に困る。

 雑感など。 (2005/2/11)

 最近、フリーゲームと市販のゲームを区分けする意義が見えなくなってきたので、フリゲ紹介でするべき内容もこっちのゲーム徒然草に持ってきています。そういうわけで、フリゲ紹介は更新終了&ゲーム徒然草に統合でしょうか。その前に、サイト自身も再構築してリニューアルしたいなと悶々と思っているわけなのですが。あと、MIXIの方でゲームに関することを書いたりしています。IDはkuonで検索して頂ければ、たどり着けると思います。

 Route960を遊んでみて。 (2005/2/11)

 Route960に悶絶。このゲーム、一言で言えば、逆エキサイトバイクなのです。つまり、スピードを出し過ぎちゃダメ、ジャンプしちゃダメ、1回失敗すると死んじゃうよというゲームなのです。もちろん、ここに書くくらいのゲームなので、面白いです。ただし、悶絶します。車で危険な速度を出すと死んじゃうよという作者のメッセージが伝わってきて面白いですね。
 改善点としては、ゲームオーバーの意味がわからないので、ゲームオーバーを無くすぐらいでしょうか。それとお手本としてリプレイ機能があれば遊び手としてはこの上なく嬉しいのですが。

 レビメフを遊んでみて。 (2005/2/3)

 レビメフが面白い。さくさくテンポ良くゲームが進行していき5時間ぐらいでエンディングにまで到達できたのは非常に良かったです。ゲームとしてはDQ5かポケモンのパクリと言えますが、ツクールで上手く昇華し、表現していると思います。個人的にはゲームの懐かしい匂いを感じました。SFC時代の良き記憶を思い出させてくれたといった趣です。戦闘のテンポ、戦闘のバランス、この2つは二重丸の評価を与えるべきものでしょう。
 残念な点としては、右にひたすら進むのが作者に言わせれば新感覚なのでしょうが、私から言わせると作者の手抜き以外にいいようがないところですね。もう少し知的なゲームに仕上げて欲しかったです。それと使える仲間がはっきりと分かれすぎなところでしょうか。習得特殊技能はポケモン方式の方が良かったと思います。

 「魔法先生ネギま! 1時間目 〜お子ちゃま先生は魔法使い!」に少し注目。 (2005/1/20)

 野安さんのサイトの1/20の日記で、「魔法先生ネギま! 1時間目 〜お子ちゃま先生は魔法使い!」がお勧めされているようです。私は原作に全く興味がないので微妙ですが、少し注目といった感じです。ただサイトのゲーム紹介を見る限り、ものすごく時間がかかりそうなゲームですね。

 SPYを遊んでみて。 (2005/1/19)

 このSPYというゲームは間違いなくフリーゲームの傑作ですね。新聞記者に扮する諜報員という主人公の設定がとても新鮮です。また、タクティクスオウガ、プリメ2、太閤立志伝などといったゲームの流れを汲んでいるのが感じられて、この製作者はゲームが好きなんだなという印象を受けました。ゲームが好きな人なら遊んで損のないゲームだと思います。ただゲーム全般にわたっていまいちテンポが悪いのが少し残念なところ。それとカタカナの固有名詞が多すぎるのも問題ありでしょうか。

 千年家族が面白そう。 (2005/1/18)

 千年家族というゲームが面白そう。久しぶりにゲームを見た瞬間にこの感覚が降りてきました。詳しいことは、このサイトがいいのではないかと。

 PS2 ドラゴンクエスト5を遊んでみて。3 (2005/1/3)

 ドラクエのすごいところの1つに、文章がやたらに平易で、意味が明確で、テンポがよいというのがあります。これは堀井雄二の力量がすごいとの証明であるのですが、このことに気づくのは結構難しいと思います。良いことって目につかないものなのですよ。(それとは逆に悪いことには目がつきやすいですが。)ゲームを作る人はドラゴンクエストの文章を分析するのも良いかもしれません。

 PS2 ときめきメモリアル3を遊んでみて。2 (2005/1/6)

 神条芹華のエンディングを見ました。エンディングというか、この神条シナリオは、『(;´Д`)えー』って感じなのですが、まぁ、そこに至る過程は非常に楽しめました。ゲームとしては、問題ありすぎですね。まずは、1ゲームあたりの時間が長すぎること、勝手に発生する女キャラクターとそれに付随する爆弾がウザすぎること、服装システム・趣味システムが練り込まれていないこと、自由度が割合低いこと、攻略のためには女キャラに嘘やお世辞をつかなければならないことなど、ときメモ1から全く何も進化していないと感じられます。もちろん、それがときメモワールドなので、良くも悪くもあるのでしょうが。成功は失敗の元なのでしょうか、そんな印象を受けました。まぁ、『せりかたん(;´Д`)はぁはぁ』ということでこのゲームは終了します。あぁ、音楽は良かったです。テーマソングもわりと良かったでしょうか。しかし、初代のインパクトを超えることはできません。

 PS2 ときめきメモリアル3を遊んでみて。 (2005/1/5)

 個人的に、大爆笑したので満足です。ときメモ2はやってないので、久しぶり(10年ぶり?)のときメモワールドを堪能しました。もちろん、ゲームとして様々な問題はあるので、とても万人に勧められないものですね。これを定価で買った人はご愁傷様かなという気分もあるかもしれません。ただやたらに豪華なゲームの作りなので、価格が安ければ話のネタとして遊んでみるのもいいでしょう。一般的な評価はこのサイトでも参考にしてください。

 PS2 ドラゴンクエスト5を遊んでみて。2 (2005/1/3)

 以前になんだかんだと文句を言っておきながら、最後のボスのデスタムーアを倒して、エンディングを見ました。そこまでのプレイ時間は約30時間でした。ゲームはさくさく進むのですが、はっきり言って長いですね。まぁ、リメイク作だからこそ感じるものもあるでしょうが。おまけ要素のスゴロク、福引き、名産品博物館、追加イベントなどは心惹かれなかったので無視しました。あと、一応、エスタークのところまで行ったのですが、どうも気分が乗らなかったのでここで終了しました。エンディングまで行きましたが、個人的には不満点が多すぎですね。確かにゲームは綺麗になった、しかし、それによって失うものもたくさんあったというのが感想です。

 ファミコンミニ リンクの冒険を遊んでみて。 (2005/1/2)

 GCのゲームボーイプレイヤー?でテレビの画面でファミコンミニのリンクの冒険を遊んでみたのですが、テンポ良くさくさく進んで面白かったですね。もちろん、それはこのゲームをクリアしたことがあって、ほとんどの謎を覚えているからこそですが。数時間遊んでみて、上突きを覚えるところまでいきました。このゲームを遊んでみて、意味もなくただ長ったらしいゲームはやっぱりダメだなと。それと、面白いゲームというものは、年月が経とうとも面白いものだなと思いました。あと、昔の自分よりは知能が上がっているようで、わりと爽快に敵を倒すことができました。

 2005年の抱負 (2005/1/1)

 あけましておめでとうございます。私の2005年の抱負は、ゲームを1つ完成させる・新しい同人誌を書き上げる・新しいゲームの製作に着手するですね。あと、このゲーム徒然草はゲームを遊んだ時の感想だけにしようかと思います。それと、今年は飛躍の年にする予定です、去年に雌伏して力を溜め込んだだけ雄飛したいですね。まぁ、そんなこんなでよろしくお願いします。



ゲーム徒然草2004
ゲーム徒然草2003